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2005.02.22

死刑制度の是非に思うこと

 内閣府の世論調査で、死刑については81%以上の人が容認しているということで、最近の凶悪事件が増加していることから、こういう結果にも頷けるところはあります。でも、この調査を始めた1956年以来、常に死刑容認派が廃止派を大幅に上回っていますから、凶悪事件の増加とはあまり関係はないのかもしれません。

 私としては、死刑制度を無条件に肯定することはできないのですが、最近では奈良の女児誘拐殺人事件などの報道を見ていますと、父親が「極刑以上の刑を望む」という気持ちももっともだと思います。実際に極刑以上の刑は、今の刑法ではありえませんが、江戸時代の武士を見れば、切腹と斬首は死刑の範疇に入るのでしょうけれど、死刑の中で刑罰の軽重は区別されていたようです。そうすると、ルーマニアのチャウシェスクは銃殺だったとか、絞首刑以外にも電気椅子という方法もあったりとか、あまり考えたくない方向に行きそうなので極刑以上の刑は無理と言うことにしておきたいと思います。憲法36条にも拷問及び残虐刑の禁止を定めています。

 それでも私は死刑廃止論には傾聴すべき何かを感じます。死刑を廃止すると、凶悪犯罪が増加するのではないかと危惧されますが、50年ほど前のアメリカでの調査ですが、死刑のある州とない州とでは殺人などの凶悪犯罪が起こる率に変りはなかったという記録もあるとのことです。50年も前ですから現在にも当てはまるかどうかはわかりませんが。内閣府の世論調査では、死刑存続派の理由で1番多いのが、「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」という意見です。でも、犯人の命を奪っても殺された人は生き返りませんし、「極刑以上の刑を望む」遺族の気持ちも満足させることはできません。それなら、世論調査で死刑廃止派がその理由の第一に挙げる「生かしておいて罪の償いをさせた方がよい」という意見のほうが説得力を持つように思います。

 恐らく、凶悪犯罪の現場を目撃したり、親族・友人・知人が被害者になったりした場合には、死刑を廃止すべきとはいえなくなるかもしれません。同様に、凶悪犯罪を犯した人間でも、裁判を受けて改悛して被害者のために祈っていたりする犯人を見たりすると、死刑を肯定する気にはならなくなるのかもしれません。今は、加害者の権利に比べて疎かにされてきた被害者の権利を積極的に見直す方向で動いている時期ですから、死刑廃止論には多くの支持が集まらないのだと思います。それに、私も今すぐ廃止すべきとも思いません。ただ、死刑について考える時には廃止論もあることを前提に考えていきたいと思っています。

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