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2005.03.15

リベラリズムと自由主義

 リベラリズムというのは、自由主義のことです。自由であることを重んじて進歩的で平和主義的で、保守派と対極的なところに位置するような感じがあります。でも矛盾するようですが、アメリカの大統領の中ではレーガン元大統領は紛れもなく自由主義者であって、彼ほど規制をなくして自由化を推し進めた大統領はいないのではないかと思えます。同じ頃に、イギリスにはサッチャー首相、日本には中曽根さんが規制緩和を進めました。一方、従来のリベラル派はどうでしょうか。弱者の保護を訴え、ケインズの計画経済を後生大事に守り続けて政府の支出を増やした元凶であったのではないでしょうか。

 その反省から新古典派と言われる人たちが、小さな政府を標榜して政府の関与を少なくして規制緩和による自由化を進めてきました。今もアメリカではブッシュ大統領が、日本では小泉首相が自由化を推し進めています。かつてのリベラル派の人たちも今の自由化政策には大筋で反対はしていないでしょう。郵政民営化に反対を唱える人も、何が何でも反対という人は少数で、多くは民営化の方法論や民営化する時期の問題で反対しているのであって、大きな方向では官から民へという方向に異論はないはずです。

 いわゆるリベラル派が正しいと思えたのは、自由主義が行き過ぎて自由放任へと落ち込んだ時にその間違いを指摘したからです。ケインズの言う修正資本主義は、自由放任を自由主義に戻すために必要だったのであり、それを支持した人たちがリベラリスト、本来の自由主義者だったのではないでしょうか。

 現在は自由放任なのでしょうか。自由主義は常に放任状態になりやすいことは、ケインズ以前の歴史が教えてくれています。ですから、本来の自由主義に修正することを求めるリベラル派は常に必要です。福祉が足りなければ真の自由は実現しないというのであれば、福祉を強化すべきと主張することは必要です。しかし、今は国の財政が破綻しかけるほどあらゆることに国が関与するようになって、決して放任と呼べる状態ではありません。このような状況においてリベラリストが主張すべきは、文字通りの「自由化」のはずです。

 自由には責任が伴います。国の関与から自由になるのであれば、自立した個人として責任ある行動が必要です。個人の自立については国に頼らず、一方で自由は常に放任に陥りやすいという歴史的教訓を忘れないことも必要です。法に触れなければなんでもありなどという姿勢は、世の中から反発を受けるだけではなく、自立した個人の否定につながりひいては自由を狭めるものという自覚が必要です。

 今は、時代認識として、自由放任に陥っているのかそれとも政府の関与が過大なのか。リベラル派はその認識によって立ち位置が変わってきます。立ち位置を間違えると、リベラルではなく、左翼になったり反動勢力になったりします。私の目には、いわゆる従来のリベラルといわれる人々は、立ち位置を間違えて左翼になっているように見えます。あるいは左翼がリベラルを気取っていただけなのかもしれません。

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