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2005.04.29

悩んで事実と向き合います

 中国の王毅大使の「紳士協定」発言は、すぐに中曽根元首相から否定されてしまいました。あったかなかったかの事実に関することですから、水掛論にすぎないのですが、当事者である中曽根さんがないというのなら、伝聞の王毅大使より信用できるのだろうと思います。ここで、最近読んだブログのことが思い浮かびました。Shu’s blog 雌伏編のShuさんが書かれている「虚偽を厭わない心情の由来」という記事です。

 ここで、Shuさんは「なぜ左派は平気で嘘をつくのだろう」という疑問を提示して、日中戦争での戦死者数が320万人から3,500万人になっていることなどを揚げて、左派や共産主義国の事実に基づかない言論を考察されています。結論として、「事実」よりも「理念」を優先する思考形態なのだろうとおっしゃっています。意図が正しければ、事実はどうでもいいという傾向が左派にはあるということです。

 同様に、「美しい日本」というブログの紫藤 ムサシさんは、「保守と左翼」を比べて、保守の特徴に現実主義ということを揚げている一方で、左翼の特徴に理想主義を揚げておられます。

 やはり、いわゆる左側の人々は、理念に何よりも重きを置いていて、事実を曲げても自らの理想を実現できるなら良しとする傾向があることは確かなようです。私自身、事実を曲げてまで実現しようとする理想というものがよくわかりませんが、理想を持つことは否定しません。でも、事実を直視しないことで、彼らの言う理想が胡散臭く感じられてしまうことも確かです。

 若い頃、というか世の中の知識が乏しかった頃は、私も理想主義的だったと思います。(今でも時々若いね~といわれることがありますが・・・^^;)世の中のことを理解していくと、事実の重要性が身にしみてわかるようになります。D・カーネギーは著書「道は開ける」で悩みを解決する方法として、

1、「起こりうる最悪の事態とは何か」と自問すること。                      2、やむをえない場合には、最悪の事態を受け入れる覚悟をすること。            3、それから落ち着いて最悪状態を好転させるよう努力をすること。

といっています。起こりうる最悪の事態という客観的事実を認識して、その上で覚悟を決めて、努力をしなさいということです。まだまだ悩み多き身としては、事実を軽んじるわけにはいきません。受け入れたくない事実、逃げ出したくなる現実はあっても、理想のために捻じ曲げられる事実はありえません。

 左側の人は、もしかして悩みがないということでしょうか。信じるものは救われるということで、理想を持っていることで悩まないで済んでいるのでしょうか。それはそれで、個人レベルではあっていいと思いますが、国を代表する人が自分たちの理想のために事実に反することを平気で言うのはどうなのでしょうか。国際社会では通用しないと思います。

 王毅大使の発言は、事実に基づかないとするなら、そういう紳士協定を互いに合意したいという意思の表明なのだなと理解しますが、‘事実としての’申し込みの意思表示がなければ、事実でないことだけ指摘して、あとは無視することがいいのではないでしょうか。

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2005.04.28

株価に見る反日暴動の影響

 中国の反日運動は、治まったというより小康状態なのかもしれませんが、落ち着いている今のうちに株価の数字を使って、お遊び感覚で影響度を見てみたいと思います。

 北京での暴動後の4月11日の日経平均は、129円安。翌週の上海の暴動後の18日は432円安でした。中国の株式市場を見てみると、外国人も買える上海B株指数は、4月11日から途中14日だけ上がったものの、25日まで下げ続けました。日中両国の影響を分かりやすくするために、北京での暴動直前の4月8日の株価と、中国政府がデモを押さえ込むことができた週末明けの25日の株価を比べてみます。

 日経平均は、8日は11,874.75円で、25日は11,073.77円です。800.98円安で、率にして6.75%の下落です。

 中国の上海B株指数は、8日は83.239で、25日は76.760です。6.479ポイント安で、率にして7.78%の下落です。

 日中とも株価は両国関係だけで動いているわけではありません。日経平均の下落も米国景気と中国リスクといわれていました。そこで同じ期間の他の地域の株価を見てみます。香港で+6.1%、台湾▲3.6%、韓国▲4.3%、シンガポール▲1.8%、NYダウ▲2.8%。こうしてみますと、香港を除いて東アジア各国の株価は、3%程度下落していて、ほぼ同じだけNYも落ちています。東アジア各国とも米経済との関係は深いことから、3%程度の下落は米景気の影響といえそうですが、それを超えた分はアメリカ以外の要因といっていいでしょう。

 日本の場合、約7%の下落で、そのうち3%がアメリカの影響とすると、約4%が反日暴動による下落と推測されます。中国も、約8%の下落のうち、3%がアメリカとすると、5%が今回の暴動による影響と推測できます。また、中国の場合、通貨の切り上げ問題も下落要因だったかもしれません。そうすると、暴動による下落率は日本の下落率に近づきます。

 こんな短い期間の株価の動きで推測すること自体無謀ではありますが、お遊びで結論づけるなら、日中両国の株価は同程度の影響を受けていることから、如何に経済において近い関係にあるかがわかるということになるのでしょうか。さらに私見を加えるなら、政冷経熱において、デモによる暴動程度では経済の熱を冷ますどころか経済上の結びつきの強さを両国に再認識させました。ですから、政冷を恐れる必要はありません。中国側はさすがに自分に非があるからか、政治家の靖国参拝は認めるような発言があったようですが、いま、日本が妥協する必要は微塵もありません。相手側の主張を真摯に聞くことさえできるのなら、政冷の今こそ主張すべきを主張できるときだと考えます。

 

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2005.04.27

お山の大将

 トヨタ自動車の余裕なのでしょうか。アメリカ自動車産業への支援必要との経団連会長の発言は、単なるリップサービスであって欲しいものです。とても本気で言っているとは考えたくありません。恐らくは、10年ごとに文句をつけられてきて、またそろそろかなという意識があったところへ、中国での反日運動を見て、アメリカにまで反日が波及するのを防ごうとでも考えたのでしょうか。

 確かに、まともとは思えないような米国議員が、日本車をこれ見よがしに叩き壊した上に、バカ高い関税をかけられることを考えれば、今のうちから自主規制をやっておこうと考えるのも無理はありません。しかし、経団連の会長が、自由貿易を自ら否定するようでいいのかなと首を傾けたくなります。これはあくまで、トヨタ自動車の会長としての発言と受け止めるべきでしょう。

 苦しいのは米自動車業界だけではありません。日本にしても日産、マツダと外資に助けられている企業はあります。一昔、二昔前の摩擦とは違っています。でも、トヨタだけは相変わらず強いのだから、意識が変らなくてもしょうがないのかもしれません。ただ、日米摩擦には、自主規制という呪縛から逃れられないようでは、所詮お山の大将でしかありません。

 靖国問題では首相の参拝中止を要望したり、ライブドア・フジテレビの時には傍観しているだけでした。経団連会長は、目先の利益のために国民の宗教観を無視して政治に首を突っ込むことは控えるべきものですし、トヨタ自動車がフジテレビの株主だったということを無視はできませんが、ああいう泥沼化して、法律も不備があるというときこそ経団連会長の出番だったはずです。そして今度は自由貿易の否定です。

 世界に冠たるトヨタ自動車の経営者なら、苦境に陥ったライバルのGM、フォードに乗り込んで立て直すくらいの気概があっていいのではないでしょうか。日米摩擦はないに越したことはありませんが、フェアでない手段で取り繕うのは、そろそろ卒業して欲しいものです。

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2005.04.26

資源確保と経済性

 国内が中国の反日問題に釘付けとなっていた4月21日に、国益を守るためにロシアのフリステンコ産業エネルギー相と激論を交わしていた中川経産相を評価したいと思います。ひところの支持率からは半分近く下がったとはいえ、小泉内閣には町村外相に中川経産相と、はっきりとものを言う大臣を揃えていることはいいことです。

 ロシアの大臣との激論の中味ですが、シベリアの石油パイプラインについてのことです。西バイカルで産出する石油を日本が輸入するために、パイプラインを太平洋沿岸地域まで引くことで話を進めていたのが、パイプラインの途中で中国へも供給できるよう支線を引くという話が中国とロシアで進められています。中川経産相は、中国への支線を優先するなら資金協力はしないという姿勢をフリステンコ氏へ示したということです。

 このパイプラインの概要は、東シベリア地域の石油パイプライン網(計画案)というサイトにわかりやすい地図が出ています。この地図にある第一段階敷設というパイプラインを作ってしまえば、スコボロディーノというところからはすぐ南が中国で、中国内のパイプラインは当然中国が作りますから、ロシアとしてはパイプラインが短くて済み、安上がりで石油の輸出ができます。「中国が近いから先に作って、その後で日本用に第二段階敷設も作りましょう」というのがロシアの見解のようですが、油田の埋蔵量から中国と日本の両方へ供給できるほどはないということなので、中国向けの支線を作れば日本に石油が来る可能性はかなり低くなるようです。

 本当に供給されるかどうかわからないパイプラインのための資金協力は無駄ですから、中川大臣の主張は極めて正当なものです。ここで、ロシアと中国はけしからんと思いがちになりますが、決してそうともいえません。需要は日本にも中国にもありますから、ロシアとしてはどちらに売っても売れれば一緒です。ロシアも中国も民主主義国家とは言い難い国ですから、日本を敢えて支援する必然性は持たないのでしょう。そうすると、売りやすいほうということになります。太平洋までパイプラインを引くよりも、その半分程度で済むなら、設備投資が約半分で済んで売り上げはどちらも同じくらい。それなら安く上がるほうという選択をするのかもしれません。

 同じ日経新聞でしたが、もうひとつ石油絡みの記事に目が留まりました。非常に小さな記事で、日経のサイトに出ていないようなので直接引用します。

タイ、油送管建設計画を凍結  [バンコク支局] タイ政府は南部マレー半島を東西に横断する石油パイプライン「ランドブリッジ」建設の凍結を決めた。消費国の日中韓やオマーンなどの湾岸産油国と共同で、マラッカ海峡を経由しない全長240kmのパイプラインを建設する計画だったが「シベリアルートに関心を示す中国の参加が望み薄となった」(国営石油会社PTTのプラサート社長)。日韓も正式回答を留保しており、事業化のめどが立っていない。

 記事にある「ランドブリッジ」とは、タイが東アジアのエネルギー基地になろうという、ある意味途方もない計画で、頓挫してしまうのも仕方なのかもしれません。でも、先般のマラッカ海峡の海賊に見られるように、また海賊に限らずこの海峡の物理的な許容量も含めて非常にリスクが高くなっていることを踏まえれば、中東からの石油がマラッカ海峡を通らないルートを確保することは重要であり必要なことです。タイが中東から一定量を運んで備蓄してくれれば、日本から中東まで行かなくでも石油が調達できます。もちろん全てがタイを経由する必要はないのであって、あくまでもリスク分散です。

 リスク分散ということでいうなら、ベストはシベリアからの石油の供給路を確保して調達先の分散を図ることですが、それが叶わなければ中東からの調達の安全性を高めることはその次に重要です。中国、韓国がのって来ないのであれば、日本単独でもタイのランドブリッジに援助あるいは投資をしていいのではないかと考えます。このまま、萎んでしまってはいかにももったいない気がします。タイの石油パイプラインについては、福井 孝敏氏という方が書いているこのサイトにかなり詳しく出ています。

 中国とは資源をめぐって争う関係にありますが、真っ当な競争をして、結果的に東アジアにとって、できれば世界全体にとっていい影響が出ることが望ましいと思います。日本の国益に反することなく、日本の省エネ技術を中国に買ってもらう方法があったら、中国の公害問題にとってプラスですし、環境面でも世界的に望ましいはずなのですが、なかなか難しいものがあるのでしょうね。

                    

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2005.04.23

ODAは金額よりもノウハウ

 ドイツがODA増額を表明し、小泉首相もAA会議でODAの倍増を目指すと言明しました。両国とも安保理の常任理事国入りのためでしょうが、我国は昨年は減らしたという実績を考慮するなら、私はODAの増額には慎重であるべきだと考えています。もちろん、むやみに反対するつもりはなく、かといって常任理事国入りのためだけの増額には異を唱えたいと思います。

 アフリカなどの途上国の貧困問題は、大変なことなのは承知していますが、それは果たして援助金額を増やすことで好転するものなのでしょうか。ボツワナなど被援助国では、援助資金の流入によってその国の通貨価値を押し上げ、貧困からの脱出の牽引である輸出産業に打撃を与えてしまうという問題があるともいわれます。

 伝染病を防ぐには、値段の高い薬が不可欠ということではないはずです。現状の問題は、薬品や医療器具はあっても医療専門家がいないことであり、現地で専門家を育成しても報酬の高い先進国へ移住してしまうことです。

 日本の周辺である東南アジアは、ASEAN、中国、韓国等、戦後日本の援助を受けて、今や立派に自立しています。日本が戦後の焼け野原から短期間で先進国入りしたことは20世紀の脅威ともいえます。しかし、驚くことはそれだけではありません。国連の予算の約2割を負担しながら、周辺の東南アジア諸国へも援助をして、見事にその援助は花開いています。東南アジア諸国の発展は、各国の努力の賜物であることは当然ですが、目を見張る経済発展に日本の援助や投資が貢献したことも事実です。

 戦後の日本の援助額だけを強調するのではなく、政府は有償・無償のどのような援助を行い、民間企業はどのような投資をしてきたか、いわゆるノウハウをまとめて世界にアピールすべきだろうと考えます。それは日本のやってきたことを自慢するためではなく、貧困問題にあえいでいる国々への援助の方法論として、世界各国に参考にしてもらうためです。同時に、周辺国にはどれだけ日本が貢献してきたかを認識してもらういい機会にもなります。

 常任理事国入りするために単にODAの金額だけを増やすよりも、貧困国の問題をどうするかを検討し、その対策の手段として国連を使うことが有効と判断するなら、使えばいいでしょうし、安全保障の面から常任理事国になったほうがいいのならなればいいと思います。

 アナン氏の国連改革案は、日本の安全保障にとってものとは思えませんし、イラクへの援助計画で不正の疑いのある事務総長にODAの増額を求められても、安易に応じることには抵抗があります。常任理事国入りのために安全保障も、ODAも具体的な議論がなされないことは、極めて残念なことだと思います。

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2005.04.22

パラドックス

 「うそつきのパラドックス」という話があります。クレタ人エピメデスがいいました。「クレタ人はみなウソつきだ」 これだけの話ですが、クレタ人が嘘つきなのか正直者なのか気になるところです。

 ふぐ肝特区」不許可 というニュースを見てこの話を思い出しました。なぜなら、ふぐ肝特区を不許可にするよう答申したのは、食品安全委員会だからです。BSEの全頭検査で、20ヶ月以下の牛は検査不要という結論を出したのは食品安全委員会ですが、厚労省は20ヶ月以下の牛の検査にも補助金を出し続けることにしています。不要なことに税金を使うということは、無駄なことをやっているのか食品安全委員会が嘘をついているのかどちらかです。

 もし、厚労省の無駄遣いならそんなことはすぐにやめるべきでしょうし、食品安全委員会が嘘つきならふぐ肝特区も本当は認めていいんじゃないかと疑いたくなります。ここはひとつ、20ヶ月以下の牛の検査への補助金継続を決めた厚労省のお役人さんに、ふぐ肝特区のふぐを食べていただいて、おいしく食べられたら補助金は止めてもらい、万が一のときは身をもって示してくれたのですから、アメリカが何と言おうと全頭検査を貫きましょう。

 もちろん、アメリカの要求拒否の理由は、「ふぐの毒にあたったから」これで十分です。

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2005.04.21

カネボウの上場廃止は当然

 カネボウの粉飾決算は、西武鉄道に勝るとも劣らない市場に対する裏切りです。再建方針で経営に当る再生機構にしてみれば青天の霹靂でしょうが、要は騙されたということで、これはしょうがない。騙されて国民の税金を無駄にした再生機構の担当者や責任者の失敗であり、カネボウの旧経営陣の国民に対する犯罪です。上場企業の粉飾決算自体、公共の市場に対する裏切りであって、株主への賠償は免れないのですが、それに加えてさらに再生機構を通して税金まで食い物にしたのですから、再生機構への賠償も免れません。

 恐らくは、業績の悪い企業ですから賠償能力はないのでしょうが、少なくとも上場廃止をして市場から退去してもらわなければ、市場の公正さは取り戻せません。騙された再生機構は、上場維持を要請していますが、単に再生機構の担当者と責任者の無能力ぶりを隠したいという自己保身にすぎません。ここまで再生機構がつぎ込んだ税金が無駄になるという言い訳でしょうが、既に無駄になってしまったものを取り戻せるかのような錯覚から早く覚めて欲しいものです。

 カネボウのような企業の上場を維持して、不公正な市場がもたらす不利益のほうが、国民経済にとって計り知れなく大きいという思考経路がなければ、公正な市場は育たないでしょうし、市場経済は発展しません。目先の損失に惑わされず、公正な市場を発展させて取り戻すことが一番の近道なのではないでしょうか。

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2005.04.20

どちらが効率的か?

 固定電話のユニバーサルサービスのために、過疎地の赤字補填をしやすくするということです。この記事を読んで思ったのですが、郵政公社の民営化によるユニバーサルサービス維持のための1兆円といわれる基金も、主旨としては同じようなものになるのでしょう。

 固定電話のほうは、基金の資金はNTTだけではなく、KDDI等の新電電各社も負担しているということですが、郵政は郵便事業は民営化後も郵便会社の実質独占ですから、基金の負担は民営化による株式売却資金で賄い、運輸会社等から資金を募ることはありません。

 ユニバーサルサービス維持のための基金というと、公共のためのものであまりうるさいことは言いにくい感じがするのですが、非効率な使い方が為されやすい、つまり、サービスの低下を招きやすい部分です。NTTにしても、基金を使い易くすることは、過疎地のサービスの効率化をおざなりにして安易に基金に頼ろうとする姿勢を増長するかもしれません。それ故、ライバルである新電電各社が基金に出資することで、安易な基金の使い方をチェックする機能が期待されるのですが、もともと新電電各社は自分たちは採算が取れないからユニバーサルサービスを放棄して、代わりに基金に出資しているわけです。自分ができないことをチェックできるのかどうか。そうすると基金の使い方のチェック機能は期待できないとも考えられますし、チェック機能が働いたとしても、NTTにしてみればユニバーサルサービスを放棄したライバル会社に口やかましい事を言われても、素直に聞けるはずもありません。

 一方、郵便の基金は外部からのチェックは期待できませんが、郵便会社が基金への拠出を自らしているわけですから、安易な使い方で無駄にしても結局は自分の首を絞めるだけですからかえって無駄には使わず、効率的になるかもしれません。

 ユニバーサルサービス維持のための基金でも、固定電話と郵政では方法論に違いがあります。どちらが効率的なのかはまだ断定できませんが、郵政民営化が実現したらちょっと見ものだなという気がしています。

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2005.04.19

暴動の行方・推論

 中国の反日暴動はどこまで続くのでしょうか。これからメーデーや5・4運動の5/4が近いことから、まだ続くのではないかとも見られています。しかも、6月5日は重慶大爆撃の日、7月7日盧溝橋事件、8月15日終戦、9月18日柳条湖事件、11月11日上海陥落と暴徒が騒ぐネタはいくらでもあるようです。

 暴動が起きてしまった今となっては、歴史問題が原因などと言われようと、外交上のまともな対応ができない中国政府の話など聞く気になれないというのが大方の日本人の気持ちだろうと思います。そこで、中国政府が暴動に対して押さえ込むことができない場合、暴動はどこまで続くかを考えてみたいと思います。

 日本製品の不買運動、日本企業への攻撃、日本車と見ると中国人が運転していても襲うということを見ると、日本製品が実際に数量が減少して、その値段が上昇するまで続くのではないかと考えています。暴徒は中国人の一部であり、大方の中国人は日本製品の不買運動など自分の首を絞めるに等しいことをわかっていると思いますが、治安の悪化は日系企業の生産にマイナスの影響が出てくるはずです。広東省では反日に便乗したストライキも起きているということですが、これは日系企業の生産へのマイナスの影響そのもです。このようにして、生産量が減っても日本製品は中国では必要なはずです。反日デモに参加している人々も、日系企業製の携帯電話を持ち、デジカメを使っているわけですから、日本製品を完全にボイコットすることは不可能です。

 品薄になった日本製品の価格は高騰します。日系企業に代替して、他の外国企業が生産量を増やしたり、中国企業が生産量を増やすことは無理だろうと見ています。なぜなら、治安の悪化は外国企業にとっても脅威です。自社が標的になっていないだけで、今回の暴動を見て中国のカントリーリスクを感じているはずです。目の前でそのリスクを見せられて、すぐに設備投資をしたり、生産量を増加させることはできないでしょう。また、中国企業の生産には日本からの部品の輸入が必要です。日本製品のボイコットをしているのに日本からの輸入は増えるという矛盾は、中国の愛国者でなくとも気がつくはずですし、日本企業としてもカントリーリスクの高い国への輸出を増やすことには慎重になってしかるべきです。このようなわけで、発展著しい中国企業であっても、日本製品の代替品を供給することは難しいのです。そして日本製品の価格が上昇します。

 しかし、日本製品の価格上昇によって、中国経済はデフレ脱却のきっかけを掴むことができるかもしれません。中国では高成長していながらインフレにならず、高成長産業の関係者の所得は増えても、その他の者の所得は増えていません。中国には都市と農村の格差だけでなく、都市の内部にも格差が生じています。都市の内部の格差については、インフレになって賃金が上昇すれば、多少は縮まることは可能です。

 もし、中国政府が何もしなければ、暴動はここまで続くのではないかと考えます。最悪なのは、治安が悪化して日系企業が中国から撤退することです。日系人の身の安全が第一ですから、あまりに治安が悪化したら中国からの撤退を考えざるをえなくなります。しかし、そうなると問題です。日系企業が撤退した後には、都市に大量の失業者があふれ、彼らがインフレの波をもろにかぶって暴動を起こし、さらには内乱状態にもなりかねません。

 中国が混乱に陥ることは、我々日本にとって好ましいことではありませんし、世界の誰もがそんなことは望みません。身の安全を第一に考えながら、日系企業には現地での雇用は守る努力を最大限にお願いしたい。今回の暴動による被害の賠償を中国政府は拒否していますが、いま応じてしまうと暴動の矛先が中国政府に向くことが怖いのでしょう。しかし、日本政府が言い続ければいずれ補償はするだろうと思います。まして、中国経済がインフレになれば中国政府も賠償しやすくなります。インフレになった後で補償してもらっても実質目減りしてしまうと思うかもしれませんが、インフレになればエネルギー等の輸入品の価格もあがりますから、人民元の切り上げが為される可能性も高くなります。インフレで目減りした価値は、人民元の切り上げで補われると思いますから、がっかりすることはありません。日本政府には、謝罪と賠償は言い続けてもらいたいと思います。

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2005.04.15

反日暴動の真意

 今、日本では物価は落ち着いていますが景気が良くありません。高度成長期は景気は良かったけれども物価高は困ったものだと言っていました。高成長だけれど物価が落ち着いているのがいいように思えますが、果たしてどうでしょうか。

 高成長で物価が落ち着いている国は中国です。中国は10%近い成長を遂げているにもかかわらず、消費者物価は1%近いマイナスです。中国は今の日本の物価状況で、高度成長期の日本の高成長ということが統計数字からいえます。数字だけ見ると非常に理想的にも思えますが、なぜこんなことが可能なのかというと、少々理屈っぽくなってしまいますが、「バラッサ・サミュエルソン理論当てはまらないから」ということのようです。日経BPの谷口智彦氏はいつも斬新な見方を教えてくれる方で、毎週、日経ビジネスEXPRESSのコラムを楽しみにしています。

 上の理論を要約すると、エレクトロニクス産業のような貿易財産業が理髪店のような非貿易財産業を引っ張っていくということです。貿易財産業は国際競争に揉まれますから、生産性が上がりますが、非貿易財産業はそうではありません。一人の床屋さんの捌ける客数が2倍になることはまずありえません。貿易財産業は生産性が上がるに連れて賃金も上がります。人も増やすでしょう。そうすると、非貿易財産業の賃金との間で裁定が働きます。エレクトロニクス産業が賃金を上げて人を増やすと、床屋さんでは生産性が上がらなくてもエレクトロニクス産業にヒトをとられて人手不足になります。そうすると床屋さんは散髪料を値上げして、賃金も上げることになります。

 日本の高度成長期には、このような仕組みで池田内閣の所得倍増計画が達成されて、みんなが豊かになったと考えると納得できます。ところが中国ではこの理論が通用していないということなのです。経済学者はその理由を、農村部の膨大な人口に求めています。谷口氏は膨大な人口の存在だけでは説明不足と指摘して、さらに加えて中国政府の役割を挙げています。中国の戸籍制度が重要な役割を果たしているのですが、中国では移動の自由はなく、政府が管理しています。これを非民主的といってしまえばそれまでですが、豊かな日本に貧しい外国人を無制限に入れることは日本の豊かさにとってマイナスであるように、中国の都市へ農村から無制限に移動を認めることは徒に都市をスラム化するだけであり、逆に全く遮断すれば都市と農村の格差が広がる一方です。中国政府は、床屋さんに人手不足が起きそうな分だけ農村からの移動を認めているのです。しかも、豊かな都市へ移動したいという人は、中国の人口13億人すべてとはいいませんが、農村部の人口だけあるといって過言ではありません。そうすると、中国では床屋さんに人手不足は起こらず、賃金も上がらないためインフレにもなりません。その代わりに都市に住んでいても、貿易財産業の関係者と非貿易財産業の関係者とでは貧富の格差が広がります。

 私は、先日の北京の暴動はこの都市の中での格差への不満が反日に向かったのではないかと思っています。貧しい農村から豊かな都市へ来て、これから豊かになれると希望を持っていた人々が、都市に来ても貧しくしかもその格差を目の前で見せ付けられる環境では不満も高まるというものです。農村なら貧しくとも目の前に格差を見せられることはなかったはずです。それ故、行動も尖鋭化し易かったのだろうと想像します。

 この問題の原因は日本にあるとする中国政府の発言はまったくバカげています。週末の町村外相の訪中では我国の主張を堂々と述べて欲しいと思います。町村外相は、日本の政治家にしては珍しく正論を述べる政治家だと期待しています。歴史認識については、4/7の日経新聞の春秋にまさに真実といえる言葉があります。

誤った歴史認識があるとすれば普遍的な唯一の正しい歴史認識があり得るという考え自体ではないか。

 中国が問題を解消するためには、日本にさまざまな難癖をつけて資金をむしりとることではありません。逆にいえば、日本はいくら中国へ援助しても10億人を超える人口をすべて豊かにすることは不可能です。この点から対中ODAを停止することは賢明です。対米、対欧摩擦のときは、直接投資をして現地の雇用を創出して治めました。日本では既に3千社を超える企業が中国に進出して雇用創出に貢献して、対中投資もかなり行っています。

 谷口氏は、国民の移動を管理する中国政府を称して、「世界最大の人事部」といっています。言いえて妙だと思います。そうであるなら、華僑の故郷という伝統を生かして、「世界最大の人材派遣会社」を目指せばいい。日本をはじめ先進国の多くは人口は減少して労働力は不足します。インドはIT分野で人材を武器に伸びています。中国には資源はなくても人材はあるはずです。もっともそのためには、反日教育などよりも、外国へ行っても犯罪などしてはならないということから教育しなければ人材など育つわけがないと思いますが。

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2005.04.13

安易な常任理事国入りへの疑問

 4/12の日経社説 は安保理拡大を求める内容ですが、極めて安易な論調だと思います。恐らく、日経に限らず、どこの新聞社もというより多くの日本人が、今回のアナン事務総長の国連改革案を検討もせずに受け入れてしまっているように見えます。我国の常任理事国入りという1点のみしか見ていないためでしょうか。 

 今回の安保理改革案は、国連改革という大きなプラン の一部分です。日本が安保理の常任理事国になれるかもしれないという事だけで、大きなプランを見なくていいものではないはずです。アナン事務総長は、

安全保障理事会の改革などを含めた改革プランを一括して、9月に開かれる加盟国首脳会議で採択するよう要請

しています。国連改革は安保理改革だけではないのです。そしてアナン氏は一部だけではなく、改革プランの全部を実現するよう求めています。 

 アナン氏の改革案は、「貧困からの自由」と題してODAの増額、「恐怖からの自由」として安保理拡大と同時に自衛権の制限、「尊厳ある生活への自由」として人権理事会の新設を提案しています。3つの「自由」はどれももっともだと思えそうですが、そもそも国連への貢献の割りに発言力が弱いことから日本の常任理事国入りを推進しているのが、さらに資金面での負担を求められることになります。それも、ODA予算は現状でGNP比0.2%を0.7%へと倍以上への増額を求められるのです。国連の予算の19%は日本の資金で賄われています。最も多くの資金を提供しているのはアメリカで、22%に及びます。ただ、経済規模で見ればアメリカは日本の倍以上ありますから、アナン氏のプランのODA増額のようなGNP比でいえば日本が最も大きな資金提供をしているともいえます。国連改革は何のために必要かといえば、国連のイラクでの石油食糧交換計画に見られるような不正などで、提供した資金が効率的に使われていないのではないかという疑問であり、改革の中味はこれに応えるものでなければ意味がありません。援助が必要であるならその資金をケチることはないのですが、現状を省みずに経済規模だけで一律に負担を求めても、最も大きな資金提供国である日米に不信感があるやり方では継続性のある改革にはなりえません。 

 自衛権の制限とは、差し迫ってはいない「潜在的な脅威」への武力行使を安保理に委ねるというものです。イラクへの武力攻撃の反省からこのような改革案になったのでしょうが、日本にとって一番の脅威である北朝鮮への対抗策としてどれだけ有効でしょうか。仮に日本が安保理常任理事国入りしたとしても、具体的に日本を守ることで信頼できるのは、国連憲章よりは日米安保条約ではないでしょうか。北朝鮮でミサイル発射の兆候があったときに安保理は速やかに先制攻撃へのゴウサインを出してくれるとは到底思えません。中国が拒否権を発動すれば安保理は機能しないのと一緒です。もしこれを「差し迫った脅威」として安保理の了解なしに自衛権の行使が行われたときに、今回のイラクにおけるアメリカのように非難される可能性が大きいように思います。常任理事国であることで、「差し迫った」有事の際の決断に支障が出ることも心配です。常任理事国であることが、脅威への対応の足枷にでもなったら取り返しのつかないことになります。日本にとっての国連改革は、日本の脅威を取り除くのに有効な組織にしていくことです。そうすれば、途上国に必要な資金も気持ちよく提供できるというものです。大体、主権国家の安全保障について、一部であってもその権限を制約するようなことができるわけがありません。

 アナン氏の改革案で、唯一評価できるのは人権理事会の新設でしょう。現在ある国連人権委員会を改変するというものです。この国連人権委員会には、独裁国家のキューバや、国内の暴動を日本のせいだといって憚らない中国などが入っています。こんな組織が人権を名乗っているのですから、作り直す必要のあることは当然といえます。

 こうしてみてみると、アナン氏の改革案はどれだけ有意義なものなのかといえば、甚だ疑問を持たざるを得ません。常任理事国入りという1点のために、その他の不備を黙認するにはあまりにも大きな不備となのではないかと思います。もし、国連での存在感を高め、この国際組織を有効に使っていこうというのであれば、日本が独自の改革案を作り上げるくらいのことがあっていいのではないでしょうか。いずれにしても木を見て森を見ずという誤りは犯して欲しくないものです。

                                    

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2005.04.12

デモと暴動を区別しよう!

 中国政府は89年の天安門事件以来、民主主義的行動を弾圧する圧制政府が統治している共産主義国家です。人々の自由な意思表明を弾圧し、マスコミを統制する非民主主義国です。当然のことながら、デモを認めることなどありえないことでした。だからこそ、わが国をはじめ自由主義諸国はこのような中国政府の姿勢を非難してきたわけです。このような経緯からすれば、反日ではあっても、今回中国政府がデモを容認したことは歓迎すべきこととも言えそうなのですが、残念なことに報道を見る限り北京などで行われたのは、デモではなく暴動だったようです。

 日本大使館や日系企業への投石、窓ガラスを割るなどの行為は非民主主義国の中国でも犯罪であることに変りはないはずです。暴動への参加者、暴徒たちは「愛国無罪」といって、愛国から出た行為は多少の犯罪も許容されるという無茶苦茶なことを叫んでいたそうですが、そんな馬鹿な論理をありません。アメリカへ移住した日系人の財産を、太平洋戦争中に没収した米政府も謝罪と賠償をしています。「愛国無罪」などと言っていては、裏で中国政府が糸を引いていると思われてもしかたがないのです。暴動を起こしても愛国のためだから、中国政府は罪を問わないし損害賠償も行わないというのでは暴動によって被害を受けた日本国大使館、企業はやられ損で、改めて中国は非民主国家であることを示すことになります。

 日本の謝罪、賠償要求に対して中国外務省は「責任は中国側にはない」といい、この暴動を「歴史問題に対する日本の誤った態度、やり方に不満を持つ市民の自発的な抗議活動」といっています。デモであればそれも一つの見方であろうとは思います。しかし、暴動に対してはどんな言い訳も通用しません。

 日本政府は反日のデモが起こったことに中国政府の責任を求めているのではありません。日本政府が求めたのは、暴動による日本の大使館、企業の被害に対する謝罪と賠償です。自国内で起こった暴動の結果、外国人に損害を与えて知らん顔はないはずです。中国政府は多分わかった上で論点をずらしてきています。領土問題や歴史問題などで、暴動による責任をうやむやにしようという意図なのでしょう。デモと暴動をごちゃ混ぜにして逃げ切ろうとしているようです。デモの原因にしても、中国は情報統制をしている国ですから、反日というのも中国政府が関与して扇動している可能性はあります。その証拠があれば当然抗議しなければなりませんが、まずはデモに関してではなく、暴動に対する抗議を論点をずらされることなく首尾一貫して訴えることが必要です。

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2005.04.11

夢馬券

 風の強い一日でした。花粉症に悩ませられながらも、PATを持たない私は馬券を買いに東京競馬場に行かざるを得ません。土曜日の夜、居酒屋で夢馬券と称して友人3人でそれぞれ1頭ずつ馬を選んで、その3頭で3連単のボックスの馬券を買いに行く役目も当然のごとく私のものとなっていました。元来、気の小さい私は共同購入の夢馬券の代金を飲む勇気もなく、いかに花粉が飛んでいようと競馬場へは行かなければならないという義務感に駆られて出かけていきました。

 スタンドの工事が終わっていない競馬場は、きれいな華やいだ顔と、救いようのないくらいにすさんだ顔が同居しています。工事中のスタンド前を歩いていると、天国と地獄を行き来するようで、最近流行のおしゃれさだけではない、賭博の深みのある趣があって結構気に入っています。

 そうはいっても、鼻水と目のかゆさにたまらず屋内に駆け込んで馬券を買います。メモリアル60の中で一日過ごすことも可能なのかもしれませんが、せっかくなので桜花賞の実況は芝生の上でターフビジョンを見ることにして外に出て行きました。本当にすごい強風でした。ただ、これだけ風が強いと、花粉も私の目や鼻を飛び越えていくかのようです。そのおかげでしょうか、ターフビジョンを眺めながら心ゆくまで声援を送ることができました。

 夢馬券ははずれたものの、自分で買った福永のラインクラフトとシーザリオが来てくれて、さらにワイドで軸にしたデムーロまで3着に来てくれて、一時花粉症も強風も忘れることができました。

 来週の皐月賞は、かなり強そうな馬が1頭いますが、再び夢馬券に賭けてみたいと思っています。ちなみに夢馬券は、当てて温泉旅行の足しにすることを目的にやっているのですが、馬券を買わずにその分貯めておいたほうがよっぽど足しになるということに最近気がつきました。ただ、誰もその真実を口にする勇気がありません。夢と消えてばかりいるにもかかわらず、居酒屋で一時の夢を見せてくれるがゆえに当分誰も止めようとはいえないところが、夢馬券の夢であるゆえんなのかもしれません。

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2005.04.10

巨人ファンの愚痴

 昨日もジャイアンツは最後まで目を離せない試合をしてくれました。どれだけ点差をつけて勝っていても、いつ逆転されるかわからないのですからテレビ中継していれば当然最後まで見てしまいます。願わくば、初回に得点をとるよりは、4~5回くらいで取ってくれたほうが、得点シーンをテレビで見られて楽しめるのですが・・・

 いまの巨人は打撃のチームといわれますが、視聴率をとって稼いでいるのは8回か9回に決まって逆転の危機を演出する投手陣です。あの投手たちがいるからこそ、いつも巨人戦を見てしまう。それでも以前よりも視聴率が落ちているのは、打者が得点を取るタイミングを間違えているからです。テレビ中継の始まらない1~3回に打っても視聴率は稼げません。できれば8時前後に打って得点を入れてくれると、巨人ファンはおいしいビールが飲めますし、アンチ巨人ファンは文句のつけがいがあるというものです。ピッチャーはいい仕事をしているのですから、打者はそのへんを汲んでさらに奮起されることを期待します。

 居酒屋で酒を飲みながら野球中継を見てそんなことを思いました。

                                  巨人ファンの酒飲みより

                                  

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2005.04.09

常任理事国入りには固執しないほうが・・・

 中国が日本の常任理事国入りに反対しています。日本の常任理入り、中国が阻止の姿勢
このところ、中国では日本製品のボイコット運動など反日行動が目立ち、日本の常任理事国入り反対もその一環だろうと見て中国に腹立たしさを感じますが、常任理事国については中国や韓国の反対に躍起になって対抗せずに、それならそれで常任理事国にならなくてもいいではないかと思います。

 今回の常任理事国拡大は、アナン事務総長の国連改革案の一部であるという位置付けです。国連がどのように改革されて、日本とその同盟国にとっていい組織となるのかどうかを見極めずに、安易に常任理事国になってもメリットがあるとはいえません。国連の最大の資金拠出国はアメリカであり次いで日本です。アメリカは国連の予算の22%を負担し、日本は19%を負担しています。この2国に次ぐドイツは9%に満たず日本の半分以下です。このような中でアナン氏の改革案では、ODAをGNPの0.7%に増額することも求められます。現状は0.2%程度です。これだけの資金提供をして、それに見合うだけの価値が国連にあるのかどうかを問い直してから常任理事国になっても遅くはありません。

 端的に考えれば、朝鮮半島での有事に際して、我々がもっとも頼りにするのは何かといえば、国連ではなくアメリカの軍事力であるという事実です。国連の安保理の常任理事国になって、資金負担が増えて、拉致被害者が帰ってくるのでしょうか。北朝鮮は核の保有をあきらめるでしょうか。アフガニスタンのテロ国家タリバン政権を倒したのは、国連というよりはアメリカであり、フセインという少数民族を虐殺した独裁者を駆逐したのもアメリカです。戦争という手段は使いましたが、イラクでの戦争のおかげでリビアは戦わずしてテロ国家の独裁者が白旗を揚げました。それ故、アメリカ自身もイラク攻撃を国際法違反と言ったアナン氏の改革案には懐疑的にならざるを得ないのです。米、安保理拡大の期限設定に否定的見解を表明

 安保理の常任理事国になること自体は、それが頼りにならない国連の組織であっても、プラス面が大きいと思いますが、そのためにさらに日本の納税者の負担を増やしてまでまでやらなければならないことかは考えたほうがいいと思います。カネがすべてとは言いませんが、負担に見合った効果のない組織は機能しないものでしょうし、そうさせないための国連改革でなければ意味がありません。アナン氏の改革案がどこまで意味のあるものなのかをよく見極めて、常任理事国というエサに踊らされずに判断したいものです。

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2005.04.08

法律が信じられなくなりそうです

 この間、4月4日の記事で尊厳死と題して、アメリカのシャイボさんの尊厳死を認めた裁判所の判断には賛成できないと書きましたが、その後入ってきた情報を考慮すると、論理的帰結と、心情的な思いとが食い違うジレンマに苛まれます。

 考慮する情報として3点あります。一つ目はシャイボさんは人工呼吸器をつけていたのではなく、自発呼吸が可能であり、延命を主張した両親によれば問いかけに反応していたということ。二つ目は、尊厳死を主張した夫のマイケルさんには、10年越しの愛人がおり、二人の子供がいたということ。三つ目はシャイボさんが寝たきりになったことから保険金が約1億円が夫に支払われており、両親によれば治療や検査を拒否して保険金を治療に使ってはいないと言われていることです。

 悪く想像すると次のようなことになるのでしょうか。シャイボさんが寝たきりになったのは90年ということですから、それから数年後に夫には愛人ができて子供もできました。そして寝たきりの重度障害ですから死亡保険金と同等かそれ以上の保険金を受け取ったものの、シャイボさんが邪魔になって自発呼吸ができるけれども意思表示ができないことから、夫は尊厳死を主張してシャイボさんから解放されて保険金を持って愛人と子供のたちの元へ行って新たな生活を始めようとしている。

 上記の懸念がある以上、夫の主張に簡単にのるわけにはいかないと考えてしまいます。でも、日米で違うかもしれませんが、日本の基準で考えてみるとそうともいえません。まず夫が愛人を作ることは、不道徳ではあっても姦通罪でもない限り夫を責めることはできません。あくまでも夫婦間の問題で、離婚が問題になっているならともかく、意思表示のできないシャイボさんと夫の間に離婚問題を認めることはできません。保険金を受け取ることは、保険契約に則った上でのことでしょうから問題になりません。保険金をシャイボさんの治療に使っていなかったとしたら何か問題になるかというと、どうでしょうか。あまり問題にはなりそうにありません。というのは、支払われた保険金は死亡保険金と同じ性格のものと推測されます。生命保険の支払事由は、たいてい死亡時か重度障害となっています。寝たきりは重度障害といえるでしょうから保険金が支払われたものと考えられます。つまり死亡保険金と同じ性格のものということです。そうすると、保険金は受取人の固有の財産と見なされます。固有の財産をどう使うかは所有者の任意です。仮にシャイボさんの治療費に使われていなくても問題にはできません。最後にシャイボさんが自発呼吸をしていた点ですが、呼吸をしていても意識がなければ植物状態に変わりありません。両親は問いかけに反応したといいますが、もしそれが本当なら尊厳死は認められないでしょうが、事実関係の真偽はここでは知りようがありません。

 こうして見ると、愛人を作って保険金を独り占めにしたかもしれない夫が、シャイボさんを事実上殺させたとしても何ら罪にはならないのです。もちろん夫がそうしたという確証はどこにもありませんが、そういうことをやろうとすればできたということです。このような状況で、裁判所は尊厳死を主張する夫を支持し、議会と大統領は延命を求める両親を支持しています。夫の主張は不適切かもしれませんが、なんら違法ではなく認めざるを得ません。

 不適切だけれども違法ではない、というと最近話題のライブドアを思い出します。株式市場でのもめごとと人の命に関わることは違うと言われそうですが、本質として変わることはありません。尊厳死は認められるべきものだとは思いますが、今回のケースで夫の言い分がそのまま通ることはやはり違和感が残ります。国が違うとはいえ、ライブドアにシャイボさん、さらに法の不備を突いた不適切な行為を目にするようでしたら法律というものが信用できなくなりそうです。

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2005.04.07

中国とバチカン市国

 ローマ法王の死去で今注目されているバチカンのニュースで、ちょっと変わったのを見つけました。「バチカン、台湾と断交」香港司教が対中交渉を示唆

 バチカンと中国は1951年に断絶していたということ自体知りませんでした。それでも共産主義と宗教は相容れないのかと納得しそうになりますが、1951年に断絶したということはそれまでは国交があったということでしょうか。中国が成立したのが1949年ですから2年間は国交があったということになります。そして、中国が国交回復の条件としているのが、台湾との断交と中国への内政不干渉です。一つの中国は中国の国是であり、それをとやかく言うつもりはありませんが、バチカン市国であれば宗教を否定する共産主義国家と国交を結ぶために、民主主義(国?といっていいかどうかは明言しません)で、宗教の自由のある台湾を切り捨てるようなことはやって欲しくないと思います。

 日本は現在形式上は台湾と国交はなく、一つの中国を是認して中華人民共和国と外交関係を結んでいますが、台湾との経済や文化の交流はありますし同じ民主主義という制度の下に人々の暮らしがあることからより近い感じを持ちます。国交のある中国の潜水艦が日本の領海を侵犯したときに、真っ先に日本に連絡をして警戒を呼びかけたのは国交のない台湾政府でした。

 中国がバチカンに対して出している条件の二つ目の内政不干渉は、簡単に言えば布教をするなということです。バチカンにとっては、中国はカトリック信者を増やすいい市場に映るのでしょうが、下手な条件をつけて国交を結んでも無駄なだけです。

 バチカンには一つの中国を否定も肯定もせず、何食わぬ顔をして中国とも台湾とも付き合っていって欲しいものだなと希望します。

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2005.04.06

政冷経熱を徹底しましょう

中国で日本製品のボイコットが行われているようです。(中国チェーンストア協会、日本製品撤去呼び掛け中国での日本製品ボイコット、日系各社対策急ぐ
原因は教科書問題や国連安保理の常任理事国入りだということですが、原因はともかく日本製品のボイコットをしてもなんら効果はないばかりか、中国にとって不利なことだということを承知でやっているのでしょうか。

 もし、日本製品が中国人の好みに合わず自由競争で淘汰されるのであれば、敢えてボイコットなどしなくても日本製品は中国からなくなります。ただ、通常は淘汰されないよう日本企業も努力します。それに打ち勝つべく、中国企業や日本以外の外国企業はよりよい製品をつくって日本製品を駆逐しますから、結果的に中国に今よりいい製品が残るのですが、ボイコットによって日本製品を駆逐した場合、日本製品はなくなるという結果は同じでも残った製品は今以上に良い物ではありません。中国人はより良い製品を享受する機会が失われます。

 日本製品が他よりもいいものであった場合は、それをボイコットするデメリットは簡単に理解できるでしょう。彼らは自分たちのデメリットをわかった上で、それでも日本企業にダメージを与えて自分たちの意思を伝えようとしているのかもしれませんが、ここが共産主義国家の特徴とみることができます。民意を主張するのに、市民が自ら不利益を蒙らないと意思を伝えられないという政治システムです。

 アメリカでも昔似たようなことがありました。日米の貿易摩擦です。あの時もワシントンの国会議事堂前で日本車を叩き壊したりしましたが、日米とも民主主義国家ですから政府間で話し合って、日本の輸出の自主規制と直接投資を増やしてアメリカでの雇用の確保で一応の解決をみました。もっとも、日本車の自主規制もボイコットと大差はないのですけれども、デトロイトでの雇用喪失のスピードを緩和する必要もあったのでしょう。

 日本でも北朝鮮への経済制裁で、政府の動きが緩慢だとして北朝鮮産品のボイコットを考えている人もいるようでしたが結局大きな勢力にはなりませんでした。改正油濁法の施行もありましたが、ちょっと考えればボイコットが如何におかしなことかわかるからです。北朝鮮産品を受け入れないことでそれが効果があるのは、北朝鮮にとって大きな貿易であることが前提として必要です。北にとって大きいということは、日本にもその事業に携わる人がいるということで、北朝鮮産品の受け入れ停止はその人たちの仕事を奪うことです。彼らがリスクをとって北朝鮮と貿易していたから、貿易を止めることで北朝鮮に打撃を与えることができるわけです。経済制裁なら当然に彼らの補償を考慮しますが、ボイコットではそこまで考慮することは極めて稀なのではないでしょうか。その効果にもっとも貢献した人たちが困るようなことでは大きな支持は得られないのは当たり前です。

 中国政府はボイコット運動を抑えることができるかどうかによって、自由主義経済圏で活動できる国かどうかがわかります。もっとも、この点が中国経済のカントリーリスクとして中国投資をする人には認識されていたでしょうが、中国政府がボイコット運動を国の政策にしてしまうというリスクが現実のものになる可能性は否定できません。政冷経熱といわれますが、もともと政治体制の違う国家間の貿易ですから、それが当然の姿なのです。今回は政治の冷気が経済を冷ましかねない状況ですが、しっかりと政冷経熱を貫けるかどうかが問われています。ちなみに経済の熱が政治を暖めることも一概に肯定はできません。政治が暖まるとはどちらかが譲歩するか、互いに譲歩することですが、靖国問題のように互いに譲歩は難しくどちらかが譲歩せざるを得ない問題もあります。財界の偉い方は、小泉総理に譲歩を求めて政治を暖めようとした発言がありましたが、このような形で政治を暖めるなら日本にとっては政冷経熱でいたほうがよほどマシです。

 中国は発展著しい国ですが、高成長しているのは中国だけではありません。ここ10年程度の経済発展で共産主義国家を最大の貿易相手国としたことの意味も問い直す必要があるのかもしれません。仮想敵国が最大の貿易相手国であることの危険性といざというときの対策は考えておくことは大切です。投資先なら、中国の先にも大きな人口を抱える高成長している国があります。分散投資はしておくべきです。

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2005.04.05

東郷寺---桜

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 1月に東郷寺へ行った時には、本当に桜なんて咲くのかと思っていましたが、自然の力はすごいものです。こんなに見事に咲くのですから。昨日、マサさんにもう満開だよと教えられてよかった。午後に行ったら結構人出も多かった。もしかしたらここも知られてきたのかもしれません。それにしても見事だなあ。。。


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郵政民営化

 郵政民営化が最後の仕上げ段階に入れるかどうかといった局面になってきました。ずい分妥協はしていますが、民営化はぜひ実現して欲しいと思います。

 民営化したら郵便局がなくなって困るという声もありますが、郵便貯金と簡易保険の機能は郵便局がなくてもそのサービスを提供する手段はインターネットを活用することで可能であり、それが郵便貯金や簡易保険でなくてもサービスの低下とはいえないはずです。既に銀行や保険会社はインターネットでサービスを提供し、銀行における決済機能もほとんどインターネット上で行うことができ、近所に店舗があるかどうかはあまり重要なことではなくなっています。問題は郵便です。郵便とはいってもこれもかなりの部分は電話やメールで代替が可能で、本質は宅急便と内容証明や訴状の送達といった小口の物流と公的な郵便に絞られると思います。公的な郵便はどの程度の利用があるのでしょうか。よくは知りませんが、利用しようとしたときに思いついて歩いて郵便局に行けないと利用しづらいというものではないはずで、市町村に1ヶ所もあれば十分なのではないでしょうか。そもそも今でも内容証明を出すときは本局に行くのが普通です。普通の郵便にしてもメールやファックスで済ませることができる時代に手紙を出すのですから、近所の郵便局ではなく本局まで行くこともやむをえないのではないかと思います。
 
 宅急便といった小口物流は、本来の郵便業務とは違いますが、将来的には重要な業務になるのだろうと思います。買い物や商談をインターネットを使って行っても、どこかで商品の授受や契約書の取り交わしが必要になります。体が不自由で出歩けないお年寄りなどは、家まで商品を届けてくれる宅急便は都心であろうと過疎地であろうと必要です。この部分は税金を使っても提供しないといけない機能です。これにしても既にヤマト運輸や佐川急便がかなりの地域をカバーしています。もれている地域を政府が補填して運送業者にカバーさせるか、民営化する郵政公社にカバーさせればいいだけのことです。

 郵便部門の赤字を金融部門が補っているのが今の郵便局の構造ですが、郵便と金融が結びつくのは理由があります。昔は郵便が主要な通信手段であったことです。金融では送金ということがありますが、お金を実際に運ぶわけではありません。AさんがBさんにいくらの資金を送ったという情報をやりとりすることで、口座の数字を書き換えて送金したといっているのです。ここで重要なのは「送金した」という情報をやりとりすることです。情報のやりとりは通信ともいいます。銀行の振込みで電信と文書というのがありますが、概念としては電信は電報で通信を行い、文書は郵便で通信を行っているといったイメージです。ただ、もう誰でも思いますが、いま通信を電報やましてや郵便で行う金融機関はあるでしょうか。あるわけがない。銀行でも実質上は電信も文書も分ける必要性はありません。振込料金は文書のほうが安くなっていますが、実際には文書のほうが手間と暇がかかって面倒なのです。IT企業が証券会社などの金融機関を買収するように通信手段は進んでいます。郵便を行う機関が金融を行う必然性は既にありません。金融に頼ったやり方が日本の郵便を弱くしたともいえます。必要な保護は残すものの、ここらで独り立ちしないと日本の郵便は本当に弱いままでいることになってしまいます。民営化して郵便とは何かをゼロベースで見直すことが必要ではないでしょうか。

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2005.04.04

尊厳死

 「誠実で利他的な動機にもかかわらず、立法府と行政府は、自由の国民を統治する建国の父の青写真-米憲法-に明らかに逆行する振る舞いを行った」
 フロリダ州裁判所は三月十八日、シャイボさんの尊厳死を目指す夫の主張を認めて栄養チューブの取り外しを命令。連邦議会上下両院は同二十一日までに、連邦裁に対してシャイボさんの尊厳死問題を新たに審理することを求める異例の緊急法案を可決、ブッシュ大統領の署名を経て成立させた。シャイボさんの両親は緊急法成立を受け、連邦地裁、高裁、最高裁に対し、相次いでチューブ再装着を求める申し立てを行ったが、同二十七日までにことごとく却下された。ジョージア州アトランタにある連邦高裁のバーチ判事は三月三十日、シャイボさんの延命を図るために緊急法を制定した連邦議会とホワイトハウスの介入を「憲法違反」と批判した。

 植物状態の女性の尊厳死をめぐって、夫は尊厳死を求め、両親は延命を求めていますが、司法は夫を支持、立法と行政は両親を支持したという構図です。アメリカでの話しとはいえ、何か考えさせられます。尊厳死とは、自分の「死に方」を自分で決めるという点で安楽死とは区別されますが、植物状態になった本人の意思と植物状態でも一緒にいたいという家族の意思が対立したときにどちらの意思を優先させるかは非常に難しいところです。

 論理的には本人の意思を尊重すべきだろうと考えますが、そういいながらも直る見込みのない植物状態の患者がいた場合、延命は家族にとって経済的にも精神的にも大きなダメージを与えることになるということと、社会的に医療の無駄遣いではないかということも無意識にではあっても考えている自分がいます。つまり、本人の意思よりも植物状態の患者がいることによる周りの負担を軽減するために「死にたい」という意思を実現させているのであって、本人の意思を尊重しているわけではないのではないかと自問しているということです。ただ、人は一人で生きているわけではない以上、そのような考えも否定する必要はないはずです。

 葬式は何のためにやるのかといえば、死んだ本人が希望したからというよりは、生存している関係者が弔いたいからやっているといっていいと思います。遺言が書かれていても、遺言で指定された相続人と法定相続人(通常は同一であることが多いと思います)という関係者全員が合意すれば、遺言と違った分け方をすることは可能です。死亡したことが明らかであれば、本人に意思はなく、生前に意思表示していても生存している者の意思のほうが優先されることに不都合はありません。しかし、「尊厳死」は死に方を決めるのですから、植物状態でも生きているということを忘れてはいけません。

 生きている本人の過去の意思と、本人の面倒を見ている家族の現在の意思との対立があった場合どちらを優先するのでしょうか。本人が「尊厳死」、家族が「延命」を求めるのであれば、この場合は本人の意思を尊重すべきといえるのかもしれません。でも、本人が「延命」を求めながらも家族が負担に耐え切れなくなった場合はどうでしょうか。この場合は「尊厳死」ではなく「安楽死」の問題になりますが、治る見込みのない植物状態の患者を死なせたことで一概に家族や関係者を責められるものではありません。延命によって医療の無駄遣いとなって他の助かる患者が助からないようであれば、安楽死と殺人とは明確に分かれるように思います。そうすると、本人が「尊厳死」を求める場合であっても、本人の意思を尊重するといいながら実は社会的な効率性がベースにあるのではないかという疑問が沸き起こります。

 アメリカのシャイボさんの尊厳死は、三権分立といいながらも司法は立法と行政の「慎重に審理せよ」との意見具申を、憲法違反の越権行為と断じている点に違和感を覚えます。事は人の命の問題です。もう一度審理することは無駄なことと言い切れるのでしょうか。恐らく、米国の司法機関は植物状態であることを死んでいるに等しいという認識なのかもしれません。でも、そうであるなら「尊厳死」ではありません。尊厳死は死に方を本人が決めるのであって、既に死んでいるのなら尊厳死の出る幕はありません。そうすると、裁判所は生きている人間の意思を最大限に尊重して、少しでも早く尊厳死させてやることが本人のためになるという論理なのでしょうか。いずれにせよ、一度死んだら元には戻せません。それにもかかわらず死を急ぐような姿勢には理解しがたいものを感じます。そしてこの違和感があるがゆえに、合衆国憲法違反であるという冒頭の裁判所の意見には賛成できません。

 

 

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2005.04.02

フェアなルールで相場上昇

 ここ数日で、企業の株式持合いのニュースが相次いで出てきました。1日には新日本石油とコスモ石油、30日には新日鉄・住友金属・神戸製鋼といった具合です。再び企業間の持ち合いによる法人資本主義へ逆戻りになりはしないかと危惧したくもなりますが、すぐに持ち合いを非難するのは早計だろうと思います。

 報道によると、持ち合いとはいっても新日石は相手方の株式の1.3%を取得するに過ぎませんし、鉄鋼会社にしても5%程度ということです。確かに5%もの株主はこの規模の上場企業にしてみれば大株主には違いないのかもしれませんが、5%の株主が二人いてもこの二者で株主総会の議案を決定できるわけではありません。持ち合いの慣行のない英米からみれば、5%とはいっても持ち合いは奇異に映るかもしれませんが、業務提携している企業が5%程度の相手企業の株式を持つことは通常のことといってよいのではないでしょうか。要は程度の問題で、流動性を阻害せずに価格形成に悪影響を及ぼさなければいいのだろうと思います。

 敵対的買収への対抗策は、自社株買いや増配で株価を上げることが本来のあり方なのでしょうが、自社株買いの一部を持ち合いにしてもアンフェアでなければ問題はないのだろうと思います。持ち合い解消によって散々下落してきた株式相場も、買収阻止のために株価の上昇が期待されれば、それはそれでいいことに違いありません。節度ある持ち合いが許されるなら、株価上昇の一助となる可能性があるといえます。

 敵対的買収への対抗策が法的に整備されようとしていますが、市場の公正さを守ることは絶対条件であることは当然ですが、対抗策の基本は株価の上昇によって買収されにくくすることであることに鑑み、フェアな方法で相場を上げられるように整備してもらいたいと思います。

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2005.04.01

私たちに「元首」は必要ないのですか。

 衆参両院の憲法調査会の最終報告案が30日に出揃ったということですが、ちょっと気になりました。

「象徴天皇制維持の方向性を打ち出した」
「天皇を「元首」と明記しない方向で一致。」

 この部分です。天皇が象徴であることは別に構いませんが、対外的に日本を代表する元首であることをどこかに明らかにして欲しいと思っています。できれば憲法で。どこの国にも元首という立場の人がいて、外交の重要な役割を担っています。日本においてはそれは天皇であり、天皇を中心に皇室があって皇族がいて外交上重要な一定の役割を担っていることは紛れもない事実です。日本を代表する元首が天皇であることを明記しないのは、共和主義者に遠慮しているのか、将来的に大統領のような地位を作って元首にしようとしているのか、そんな意図があるのではないかと疑ってしまいます。今回の報告案では首相公選制は導入しないということなので、大統領のような新たな元首を作り出す意図はなさそうですが、象徴と言おうが何と言おうが天皇は元首として機能していて、外国も天皇を元首としてみているわけですから、天皇を元首と明記していいのではないでしょうか。あえて明記しない理由を聞きたい。

 首相の公選制にしても、別に悪いことではないと思います。天皇がいるから議院内閣制にしなければならないという必然性はないはずです。天皇を元首と明記しないで首相公選制を議論すると、天皇制廃止論者とされそうな気がしてその是非を論ずることも憚られてしまうように思います。

 元首を置くことは悪いことでしょうか。そんなはずはありません。敢えて憲法に元首を明記しない理由はなんでしょうか。私にはわかりません。現憲法に元首の記述がない理由は、占領下に作られた憲法であるからと推測されます。その憲法を改正する議論の中に、対外的な顔となる元首を決めないなんてどういう了見なのか説明して欲しい。

 日本に元首がいると軍国主義が勢力を広げるのでしょうか。他国を侵略するのでしょうか。天皇は不要なのでしょうか。

 どれも私の答えはNOです。新憲法に元首を明記しない理由を教えてください。

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