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2005.06.29

犯罪被害にみるクレジットカードとキャッシュカード

 クレジットカードの顧客情報が大量流出した問題が、世界中に波紋を広げていて日本でも大きく報道されています。大変大きな問題だとは思うのですが、ついこの間まで騒がれていたキャッシュカードの偽造問題とあわせて考えてみると、またちょっと違った見方ができるように思います。

 キャッシュカードの偽造のときに問題になったのが、被害の補償をどうするかということでした。当初、銀行は被害の補償に応じなかったことが批判を浴びて立法で銀行が補償することになりました。このとき比較に出されたのがクレジットカードで、クレジットカードの被害は顧客に負担させないのが原則なのに、サービス業である銀行は負担を顧客に回していてけしからんというものでした。私もそのように考えていましたが、「なりすまし」犯罪は何か対策が必要ではないかとも思っていました。

 今回の情報流出による被害で、「なりすまし」犯はまだ出ていないのか、出ていても結局カード会社が補償するから問題にはならないだけなのかは分かりませんが、報道はされていませんし問題視さえもされていないようです。キャッシュカードの偽造問題の議論で、被害の全額補償はかえって犯罪を助長するという意見もあり、個人的には「なるほどそうかもしれない」とも思ったのですが、今回の犯人は補償があるから犯罪を犯したのかどうかは分かりません。ただ、この期に乗じた「なりすまし」犯が出ないのなら、カード会社のように銀行も偽造カードの被害を積極的に補償して当然だろうと考えたくなります。

 でもそう単純に考えることはどうかと思います。今回の情報流出による国内の被害は、6月28日時点の経産省の発表では、745件で1億1,100万円に上るということです。一方、キャッシュカードの偽造による被害なのですが、日経ビジネスEXPRESSによると、昨年の上期で117件、4億6,800万円だということです。1つの事件による被害額と半年間の被害額を比較することに無理はあるかもしれませんが、あえて比較して1件あたりの被害額を計算してみますと、クレジットカードは約15万円ですが、キャッシュカードは400万円にもなります。

 クレジットカードでは、買い物をしてから換金するという手順が必要ですから、換金しやすいものを買うわけですが、それほど高額なものを1度に買うわけにも行きません。クレジットカードはこのような手間がかかるのに対して、キャッシュカードではATMからあるだけ引き出せばいいだけですから、犯罪の効率を考えるとキャッシュカードのほうが格段に効率のいい犯罪といえそうです。だからクレジットカードには「なりすまし」が出てこないのかもしれません。なりすましてもクレジットカードではせいぜい15万円の代金をごまかせるかどうかという程度では、犯罪を犯してまでのメリットとしては小さいといえそうです。犯罪者にしても、もしクレジットカードとキャッシュカードの両方に犯罪のチャンスがあったら、恐らくキャッシュカードを選ぶのだろうと想像できます。

 自分の身になって、利用者として考えてみると、被害にあったときに大きいのがキャッシュカードです。ということは、クレジットカードの被害よりもキャッシュカードの被害をより厚く補償してほしいと思うのですが、補償する側はクレジットカードなら補償しやすいけれど、キャッシュカードは額が大きくて補償するのは大変だということになるのでしょう。考えてみれば、クレジットカーの利用限度額は大抵40~50万円くらいで、ゴールドカードも200~300万円くらいなのではなかったかと思います。利用限度無制限というカードも中にはあるでしょうが、引出限度額があっても1日に100万円とほとんど無制限に近いキャッシュカードを考えれば、基本的にはクレジットカードの被害額がキャッシュカードの被害額より大きくならなくて当然といえそうです。

 キャッシュカードの偽造被害を銀行に補償させるのであれば、クレジットカード並みに利用限度額を引き下げることも、数年ごとにカードを更新することも必要かもしれませんし現にそのようなことが検討もされています。あとは年会費を払ってそれを被害のときに補償する保険料にするかどうかですが、キャッシュカードにそこまでの価値を見出せるかどうかはかなり難しいように思います。
 

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2005.06.24

日本がODAを増やすということは・・・

 6月22日の日経夕刊の「迷解迷答 現代けいざい学」というコラムに興味深い内容が書かれていました。「日本のODAはバブルか」という表題で、日本のODAと銀行の不良債権処理が似ているといいます。
 国連が先進国にODAを国民所得の0.7%にするよう求めている一方で、日本は現状0.2%程度で財政事情が厳しい中、さらに増やすことはなかなか大変です。とはいえ、日本のODAは04年の実績では実施額は161億ドルで前年比24.5%も増えているということです。でも、円借款の返済があり、回収分を差し引くと89億ドルとなり前年比0.2%の減少になるといいます。国連の目標額は純増額なので、回収以上に新規で実施していかないと目標からは離れていくばかりということなのです。

 この点が、貸し渋り批判を受けていた銀行に似ているといいます。
「必死に貸出先の開拓はしています。でもいくら新規融資を積み上げても、それ以上に返済が多いので貸出残高は伸びないのです」
これが貸し渋り批判に対する銀行の言い分でした。日本のODAが国連の目標に届かないのも同じ構造が見えるといわれるとその通りかもしれません。
 さらに銀行がバブル崩壊後、住専、ノンバンク、ゼネコンなどに対して債権放棄をしてきたように、最貧国といわれる国々は円借款が返せず、これらの国に対しては債権放棄せざるを得ません。この点も銀行とODAの類似点が見てとれます。

 コラムでは日本のODAが銀行の問題に似てしまうのは、他の先進国に比べてわが国のODAは無償援助より有償援助が多かったせいだと指摘しています。援助額を膨らませるには、無償よりも有償のほうが予算がつきやすかったためで、これまでの日本のODAはいわばバブルだったのではないかとこのコラムは疑問を投げかけていました。

 日本の過去のODAは、どの程度の計画を持って行ってきたのかは私もわかりません。ですから、今までのODAはバブルだったのではないかといわれればそういった側面を否定はできないのですが、バブルではなかったかという考えにはどうも素直に従うことができません。過去のODAが、無償よりも有償が多かった理由はよく分かりませんが、ODAの実施額が昨年時点でも増えているにもかかわらず、それ以上に返済があるということは、過去のODAが有効だった証拠ではないかと考えられます。日本は銀行のように貸し剥がしをしているわけではありませんから、有償のODAが返済されるということは、資金が有効に使われて途上国が返済できるまでに発展したということです。もし、ODAの対象国の多くが最貧国のように円借款の返済さえもできないとすると、過去のODAは有効に使われずいまだに貧しいままということがいえます。けれども、そうなら今も日本のODAは世界一の金額が計上されているはずです。国民総所得の0.7%も楽にクリアしていると思われます。

 日本のODAは貸し渋りの銀行とは違いますから、現状の構造ではそれほど増えないほうがむしろいい世の中ではないかと思えてきます。100万ドルのODAを返済した国に、再び100万ドルかあるいは必要であれば200万ドルを援助することは有意義なことです。でも、一番いいのは当初の100万ドルを返済して、もう援助を受ける必要がなくなること、すなわち援助なしでも自立してやっていけることのはずです。それこそ日本国は最近の銀行ではないのですから、いらないという国に円借款を借りてくれというのは筋違いです。さらに、100万ドルの円借款が返せない国があれば、有償を無償に切り替えて銀行でいう債権放棄もいいでしょう。問題は、100万ドルが返せないだけではなく、さらに100万ドルの援助が必要な国をどうするかです。ODAの数字を増やすことだけを考えると、このような国は歓迎したくなりますが、事態が一層深刻化しているからODAが増えるのです。

 日本のODAが増えるということは、けっして世の中が良くなることではありません。むしろその逆です。もし、国連安保理の常任理事国入りのためにODAを増やそうとするなら、それは世界に対する反逆行為でさえあると私は思います。

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2005.06.22

無担保融資と投資

 みずほ銀行が機械設備を担保にした融資制度を創設するということです。(NIKKEI NET)動産担保登記制度ができるのにあわせた融資制度ですが、数年前に始まった売掛債権担保融資のことを思い出しました。保証協会もかなり力を入れていたように思いますが、その後どうなっているのでしょうか。

 中小企業庁の資料によりますと、最近は毎月2万件以上、金額で月に6,000億円以上実行しているようです。思ったより利用実績があるなと感心しました。これなら機械や設備を担保にした動産担保融資も中小企業に利用が見込まれるのではないかと期待が持てそうです。

 いろいろなモノが担保になって、資金調達の手段が増えることは中小企業の活性化につながり、いいことだと思います。ただ、担保の種類が増えると、無担保融資はますます少なくなるのだろうと考えられます。無担保で貸し出す金融機関は、その企業の取引先を見たり、技術力を信頼して貸し出す決断をするのだと思います。無担保融資を実行する時点では、取引先の売掛債権や技術力の元になる機械設備はまだ担保に入っていなかったとしても、その後に別の金融機関に担保に取られてしまっては、無担保で実行した金融機関の債権が危なくなるだけです。そうならとれる担保はとっておこうという考えになっても無理はありません。

 本来、中小企業に無担保で融資すること自体、もしかしたらかなりリスクの高い行為なのかもしれません。ならば、うまくいった時のリターンも高くなければ割に合わないのが道理です。こうなると、融資よりは投資のほうが馴染むように思えてきます。

 非上場でも期限付きで企業が買い戻せるような株式を発行できて、引き受ける金融機関があれば、投資という名の無担保融資も可能になるかもしれません。買い戻す際には、業績が良くなってその期間に上げた利益の半分くらいを配当として出してから買い戻せば出資者も利益になります。もちろん業績が上がらなければ、配当はなしで出資分が取り戻せるかどうかも分かりません。

 無担保融資はリスクは出資に近いものですから、大きなリターンが期待できなければどんなに優れた目利きが判断しようと、実行することは難しいものなのかもしれません。

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2005.06.16

金利水準は移ろい易い

 交通事故で死亡した被害者への損害賠償額の算定で、利率をどう設定するかで支払われる金額にずい分と大きな差が出ます。この利率をめぐって最高裁の判断が示されました。最高裁は民法が法定利息と定める5%が妥当として、高裁で認められた3%を覆しました。

 これによって5,500万円支払われるはずだった賠償金が、2,200万円も減額されるということです。14日のテレビのニュースでは、私が見た限り、現在の低金利時代にそぐわないというトーンで、被害者側に同情的な論調の報道が多かったように思いました。

 私は被害者の損害を賠償するのにできる限りのことをしてあげて欲しいとは思いますが、このことをもって法定利息の大幅な引き下げというのはどうなのかと疑問をもちます。というのは、今回の賠償はこれから将来にわたって数十年にわたって稼いだであろう金額ですから、計算期間が非常に長いわけです。来年、再来年という期間で5%の利率で割り引いたらおかしいといわざるを得ませんが、20年、30年というスパンで考えるなら決して5%は不当な数字ではないだろうと思います。

 将来の金利動向は誰にも分かりませんから、この場合すべての人が納得できる答えはないのかもしれません。ただ、今の低金利が今後10年以上にわたって続くと考えることは妥当とはいえないと思いますし、多くの人もそう思うはずです。もちろん、多くの人が思うことと、実際の結果は往々にして食い違うものですが、現在において決めなければならないのであれば多くの人の考えを尊重すべきです。

 現在、0.1%である公定歩合は10年前は1.0%、15年前は6.0%でした。20年前は5.0%でしたし、30年前は8.5%でした。十数年前に、郵便局の定額貯金や当時の長信銀の金融債が10年の満期で倍になったというのも利率が7~8%くらいでした。

 今はあんな高金利時代はもう来ないような気になってしまいますが、将来のことは分かりません。分からない以上、過去を参考にするしかないと思います。賠償金の30年後の金額を推定するなら30年前から現在の金利水準を参考にすべきですし、50年後であれば50年前からの水準を見て推定するしかありません。

 民法の規定を見直すことも必要かもしれませんが、あまり短史眼的な見方をするとどこかで弊害が出てくるものです。低金利のときは事故は減るけれど、高金利になると事故が増えるというようなことにならないよう願うものです。

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2005.06.15

東証の自主規制機能分離について

 東京証券取引所が上場審査などの自主規制機能を分離するかどうかで金融庁ともめています。(NIKKEI NET)東証は上場企業が増えればそれだけ利益が上がるのですが、上場するのに適性かどうかを審査する機能も持っているために、自分の利益のために審査が甘くなりはしないかという懸念を金融庁から指摘されています。

 東証は審査を甘くするようなことをして市場の信頼を失えば、自らの首を絞めるのに等しいことなのだから、規制機能を分離させなくとも自分で自分を律することはできると主張しています。どちらの言い分ももっともだと思います。

 当初、金融庁が自主規制機能の分離を言い出したのが、粉飾決算をしたカネボウの上場廃止を東証が決めたときとタイミングを合わせて言い出していたので、カネボウの上場継続を求める金融庁の言うことを聞かない東証への嫌がらせとも受け取れたのですが、冷静に考えたみると市場のガバナンスに関する重要なことです。

 東証の言い分通りに運営されることが理想ではありますが、もし東証が市場の信頼を裏切ったときのことを考えると疑問が出てきます。というのは、信頼を裏切った東証を見限っても東証に代わる取引所があるかというと現状ではありません。東証を見限って別の取引所で取引することができなければ、結局また東証を使うより他ないということです。東証が悪いことをしてもそれに対するペナルティがないのです。

 投資家が東証にペナルティを与えようとした場合に唯一取れる道は、株式投資自体を止めることしかありません。ただ、一民間企業である東証のためにそうしてしまうと弊害のほうが大きく、そうなったときには国策として株式投資を推進する必要性が出てくるかもしれません。

 東証に匹敵するライバルがあるなら東証の言い分に賛成したいのですが、ライバルがいない現状では安易に賛成するわけにはいかないと考えざるを得ません。自主規制でいくならそれを担保する仕組みを明確に示さないと、どうも安心できません。

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2005.06.14

国債と比べて

 証券会社が「おまけ」を競っていいるといいます。野村證券は、個人向け国債を購入すると商品券を1,000円から5,000円もらえるそうですから、実質手数料の割引です。といっても国債の購入に手数料はかからないので、やはりおまけとか景品というものなのでしょう。野村以外の証券会社でも国債の購入者には何らかの特典をつけることが多いようです。多分、証券会社に取引のなかったお客を国債をきっかけに取り込もうということなのかもしれません。

 借金漬けの日本の国債を買うことは、どうなのかと常々思ってはいたのですが、 最近は個人向け国債を一部取り入れることはしょうがないのかなと考えるようになって来ました。国債を購入することは、国の借金を増やしていることではあるのですが、誰も国債を買わなくなって国債の価格が暴落すると金利が跳ね上がります。預金金利が上がってくれる程度ならいいのですが、下手をすると国債を大量に持っている銀行の資産が目減りして再び金融不安が起こります。

 そうでなくても、国債の利回りが上がると貸し出し競争が激しい中、銀行は無理して貸し出すより国債で運用したほうが有利になって、中小企業には実質貸し渋りのような状況になりかねません。億単位の資金なら、ビジネスローンを使って10%で運用するより、1%でも国債のほうがいいように思います。

 REITやその他の分配型投資信託などの利回りも、最低国債の利回り以上ないと投資する意味がないといえます。そういえば、株式の配当利回りが国債の利回りを超えたというニュースがありました。不動産価格が高くなってからREITを買うよりも、配当狙いで株式に投資してもいいかもしれないと思えてきます。何にしても、年間で10年もの国債以上の利回りを確保できればいいというくらいなら、とれるリスクも国債程度ということになってしまいます。つまりは、AA以上の投資対象ということですが、こればかりでは妙味に欠ける気もします。ただ、一つの基準として国債以上のリスクをとるに値するかどうかという尺度は、なかなか有効なのではないかと思っています。

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2005.06.10

貸出金利の低下は好ましいことなのか?

 銀行の貸出金利が低下しているといいます。平均1.4%台ということです。預貸金の利鞘でも1.5%を下回っています。単純に言えば、預金は銀行の仕入れで、貸し出しは売上げと見ることができますから、仕入れと売上げの鞘が1.5%もないということです。粗利1.5%はかなり低い水準です。

 とはいえ、個々の取引で見れば貸し出した資金を預金で取り込んで、信用創造ということで顧客単価ではもっと高い利益率を確保していると思います。1億円を1.5%で借りて5千万円を当座預金に預けていれば、実質金利は3%です。A社が1.5%で1億円を借りてB社に支払い、B社はその内の5千万円を当座預金に預けていても、銀行にしてみれば総体として実質3%で貸し出していることと同じです。銀行にしてみれば、貸した金額を1銭も残さずに支払いに当ててしまうA社を、資金繰りの忙しい会社として警戒してみて、信用面で劣るとしていずれ金利の引き上げを交渉するかもしれません。実質金利はさらに上がる可能性があります。

 借金漬けの日本でもまだ信用力があるのが国債です。現在1.2%台の国債金利を下回るようならおかしな話ですが、需要と供給で今の1.5%を下回る利鞘になっているのなら問題はないはずです。しかし、3月頃の国債の金利は1.5%前後でした。銀行の利鞘が1.5%を下回るという数字は05年の3月期で見た統計です。ということは、すでに銀行は貸し出しで利益を上げるより、国債で運用したほうが儲かるから国債を購入し、その結果国債の価格が上がって利回りが今の1.2%程度に低下してきたということが言えるようです。

 競争原理はいいのですが、このまま放置すれば銀行は資金を企業に供給しなくなる恐れがあります。再び貸し渋りです。これ以上の貸出金利の低下は決して好ましいものではありません。

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2005.06.07

私の宗教

 私の家には神棚も仏壇もありません。それでも「あなたの宗教は何か?」と聞かれたら、私は「神道です。」と答えることにしています。というのも、二十数年前、私が高校生のときに母親が亡くなったのですが、その葬式を神道形式で行っているからです。父親はまだ健在ですが、本人が特に反対の意思を示さない限り、いずれは母親と同じように弔って同じ墓に入れるつもりです。

 初めて葬式というものを経験したのは、小学校の低学年の頃、母方の祖父が亡くなったときでした。その時は大きな部屋に正座させられて、ずい分長い時間お坊さんの訳のわからないお経を聞かされたという印象で、正直言って苦痛でした。

 さすがに自分の母親の葬式では、悲しいほうが先で苦痛は感じませんでしたが、神主さんの言葉は所々分かるだけにお経よりは親しみを感じました。たまに親戚の家などに行った時に、礼儀上、仏壇や神棚を拝むことがあるのですが、仏壇は色で言うと「黒」のイメージで、神棚は「白」のイメージがあります。幼い頃は、お寺と神社の区別がつかなかったものですが、なぜかお寺には「怖い」という印象があります。いま思うと子供の頃の肝だめしはほとんどお寺を使って行っていたからのような気がします。

 大学生の頃、神社に行くとなぜか落ち着けることに気がつきました。母親を弔った宗教だからかもしれませんが、幼い頃に、イザナギ・イザナミの神話を聞かされていたり、天照大神やスサノウノミコト、ヤマトタケルノミコトの神話を聞かされていて親しんでいたこともその原因なのかもしれません。

 母親の墓は、新潟のいとこの家の裏山にあってなかなか行けませんが、どこに住んでいても近くの神社でお参りをするときには、母のことも少しは思ってお参りしているつもりです。身近な人の死を悼む気持ち、同じ国の人々が国のために死をもって貢献したことを悼む気持ちは誰にも止めることはできません。

 首相が靖国神社へ行く行かないでいろいろ言われていますが、行くなら行くで誰にも止められないと思います。どうせ首相が代われば行かない人だっているでしょうから、目先の外交でどうのこうの言うのもちょっとうんざりという感じです。それよりも、天皇陛下が行かないことのほうがおかしい。一般の英霊はもとより、A級戦犯といわれる人たちも、敗戦の責任を取ったこともそうでしょうけど、天皇へ戦争犯罪責任が及ぶことを恐れて黙って処刑されて行ったような気がします。

 いろいろ問題はあるでしょうけれど、誰もが自由に意思を表明して表現できていない現実が、すぐそこにあることを見せつけられることが残念で仕方がありません。

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2005.06.05

知識の少ない子供のよう

 アメリカのIBMを買収したレノボという会社は、中国の企業であり、デルというパソコンの安売り屋さんはアメリカの企業です。この二社の間でちょっとしたトラブルがあったといいます。(日経 IDG

 デルの従業員が、「レノボは中国政府にコントロールされており、レノボが買収したIBM製品を購入すれば中国政府を助けることになる」といった内容のメールをアメリカの顧客に送って送っていたといいます。当然、何の裏付けもなく、自社製品の売込みを目的とするものであったことを当のデルも認めて謝罪しています。が、このいい回し、どこかで聞いたような気がします。

 私が思ったのは、中国の反日暴動のときに日本製品の不買運動を唱えた輩が、日本製品を買うと軍国主義の日本政府を助けることになるといっていた論理と大差ないものに聞こえます。日本製品の不買運動は、すぐに治まったようでしたが、愛国無罪のせいでしょうか誰も謝りもせず、破壊行為にまで発展しました。

 「被害者は受けた傷を忘れないものだが、加害者はすぐに忘れる」、とは中国が言っていることです。これだけ緊密になった国際社会の中で生きているわけですから、どこの国でも、誰であっても被害者にもなれば加害者にもなります。60年も前の自ら体験さえしていない過去の出来事もって、暴力さえ使って糾弾しながらついこの間の自分の小さな誤りに気がつかないのは、余程物忘れがひどいのか情報が入っていないかのどちらかでしょう。

 情報統制している国の国民は気の毒ではありますが、彼らの言うことなど聞いていては正しいことが歪められて不正がはびこる世の中に陥りかねません。一見理路整然と話していても、世の中のことを何も知らない子供が大人びた口調で知ったかぶりをしていることと変わりません。終戦直後の日本国民をマッカーサーは12歳の子供といったそうですが、今の中国の国民はそれ以下といっていいと思います。

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2005.06.04

働く女性とホリエモン

 銀行へ行った待ち時間で、何気なく日経ビジネスの遙洋子氏のコラムを目にしました。働く女性の目から世の中を見るとこうなのだということを、私のような中年のオヤジに大変わかりやすく書いてくれるので、毎回楽しみにしているコラムです。楽しみではあるのですが、時々それはどんなものかということがあるのが、またいいと思って読んでいます。

 今回の記事もそれに該当するのですが、「ホリエモン拒否の体質」と題するコラムは楽しく読めると同時に、中年のオヤジからすると「そうかなあ」とつぶやきたくもなりました。ホリエモンが戦ってきた相手を「男社会」と見て、

男社会への参入は「男であること」が条件。男としての記号やルールを身につけた者でなければならない。つまり、ドアをノックしてもTシャツならアウト。スーツ姿の好青年というオヤジ好みの記号が必要だ。野球界がホリエモンに示した拒否反応は、楽天の三木谷浩史社長に対しては希薄だった。

といっています。ここのところの認識はその通りと私も思います。ただ、男社会がいい悪いは別にして、理解できないものに拒絶反応を示すことは普通のことです。堀江社長の格好は話題になりましたが、数十年先から見ればわかりませんが、ファッションとしてはやはり礼を失していたというのは否定できないと思います。近鉄の身売りが話題になって、ライブドアという会社の存在がマスコミを賑わすようになって、ほぼ1年が経ちますが、1年経った今年はクール・ビズなどといって、首相を始め閣僚たちもノーネクタイで公衆の面前に立っていますが、誰一人堀江氏のファッションを参考にしたような格好は見られません。まあ、年齢も倍くらい違いますから、閣僚のジイさん方がホリエモンのマネをしたって無理なのは自明ではありますが、「男社会」であろうとなかろうと、ビジネスなどの正式な場におけるファッションは、相手に安心感を与えることで交渉をスムースに進めようという意図が働きます。そのためには、トラディッショナルな服装が好まれ、トラディッショナルな服装はホリエモンが着ても塩ジイが着ても違和感がないものです。少なくとも、ノータイにしたときに閣僚のだれもホリエモン風ではないということは、明らかにビジネスシーンにふさわしくないということであり、そんな服装をしていた彼が不利益を蒙ることは、十分ありえることと予想できるはずです。

 人は見た目ではなく中味だといいますが、ケネディがニクソンとの大統領選挙で外見も大切なことを実証してくれてからもう45年が経ちます。遙氏はホリエモンがニッポン放送株取得のときにやったグレーな手法を弁護してこういいます。

ホリエモンは初めから狡猾だったのか。否。野球界への参入表明は正々堂々としたものだった。まさしく真正面から扉を叩いたのだ。それを門前払いしたのは誰か。
 正々堂々と手を上げた若者を拒絶しておいて、ならば隙間から参入しようとしたら卑怯と罵る。問題は入り方ではなく、受け手側の排他性にあるのではないか。

 ニクソンは、ウォーターゲート事件で卑怯な手を使いはしたけれども、それは一度の負けにめげずに正々堂々と選挙で大統領になった後のことです。外見が悪いという失敗を受け止めて、隙間からではなく選挙で挽回して大統領になっています。このことは「男社会」のオヤジではなくとも、非難はできないはずです。もし、1度の失敗に気落ちして、正々堂々と扉を叩くことを諦めてしまい、その部分に共感をして、

 ホリエモンの悔しさをもっとも良く知るのは、実は働く女たちである。

といい、これが本当に働く女たちの多くの実感だとしたら、それこそこの世の中に危機感を持たざるを得ないのですが、どうでしょうか。

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2005.06.03

思ったこと

 どこまで上がるのだろうと思っていたユーロも、フランスのEU憲法否決から下がりだして、オランダも否決したことからもう少し下がりそうな気配があります。逆に米ドルは去年の大統領選挙後は、すぐにも100円割れもと言われながら、そうはならずに今では108円台を回復しています。上がることもあれば下がることもあるという、当たり前のことですが忘れがちなことを見直しました。

 台湾で吉野家が牛丼を復活させたということです。特に牛丼を食べたいというわけではないのですが、東京競馬場の吉野家で行列ができていたのを思い出しました。今でも並ぶのかは知りませんが、牛丼を食べに台湾まで行く人が出てきそうな気もします。でも、BSEはどうなのでしょうか。米国産牛肉の安全性が問題になっていますが、台湾では安全で日本では安全ではないということはないはずです。食の安全については、よく分からないならより慎重にすべきだとは思いますが、分からないながらもすぐ隣で牛丼を食べている人がいたら自分も食べてみたくなるのが人情です。ただ、もう少し台湾の様子を見てからのほうがいいような気もしますけれど。

 韓国の漁船は韓国側に引き渡したということですが、日本の経済水域で違法操業している漁船は今回の船だけではないといいます。今回の船も違法操業は今回が初めてではなかったということのようです。ちゃんと取り締まるか、料金を支払って操業できるようにするか、何らかの対策をして欲しいものです。韓国側の捜査では、漁船は日本の経済水域に入ってはいたけれど、操業はしていないということのようですが、それならなぜ逃げたのか疑問です。操業する前に海上保安庁に見つけられて、過去の違法行為を問われることを恐れて逃げたのではないかという疑いを持ってしまいます。

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2005.06.02

北朝鮮への経済制裁、そろそろ考えてみては・・・

 北朝鮮のことがあまり大きく取り上げられなくなりましたが、拉致・核問題の行方はとても気になります。北朝鮮に関する新聞記事を1日の日経新聞に見つけました。昨年の北朝鮮の経済成長は2.2%だったということです。これはどういう数字なのかを考えてみますと、98年に金正日が北の元首となって、99年以来6年続けて北の経済は成長しているということです。大変残念(?)ではありますが、金正日の経済政策は今のところうまくいっているという結果になっています。

 いま、北の核実験がどうなるかといわれている中で、脈絡なく日本が単独で経済制裁してもかえってバカを見るだけかもしれません。でも、機を見てそろそろ本気で経済制裁を考えてもいいのではないでしょうか。その効果のほどは、2月の自民党の試算では1.25%~7%ということでした。ちょうど梅が咲きだした頃でしたが、私も勝手に試算をして、偶然ではありますが昨年の北朝鮮の成長率である2.2%という数字をこのブログにも書いていました。恐らく、今では改正油濁法などで北との貿易自体が減っていますから、その効果も2%を下回ることが予想されますが、だからこそ日本単独での経済制裁の発動を考える時期だろうと思います。

 本当に効果的な経済制裁をしてしまっては、あのわけのわからない国がどんな反応を示すかわかりません。もし、本当に核兵器を持っていて、日本を目がけてミサイルで狙っている国が暴発したらそれこそ怖い。そうなる前に、効果のほとんどない日本が単独で経済制裁をして北にかまってあげないと、無視されることが一番つらいのは金正日も一緒でしょう。

 日本が経済制裁をしてしまうと、その後の切り札がなくなるという人がいますが、そんなことはありません。制裁発動後は、交渉の中で制裁解除をカードにできます。本当はそんなに効果がない日本の経済制裁も、いざやれば在日朝鮮人の人たちやその周辺の人たちが、やたらと騒ぎ立てるでしょうから宣伝効果は抜群です。でも経済を発展させてきた金正日には、実際には効果がないことはわかっていますから暴発する必要もない。こんないい作戦はないと思うのですが、クール・ビズの小泉さんに、ネクタイを外すだけでなくて頭も冷やして考えてほしいと思っています。

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2005.06.01

輸出関税

 関税と聞くと、輸入されて入ってくるものにかかる税金とばかり思っていましたが、輸出関税というものがあることを知りました。これは、中国の財政省が繊維製品の輸出課税を撤廃するという報道で知ったのですが、要は輸出急増の自主規制の方法かとみれば、輸出国である中国がこれを撤廃しても、輸入国がその分を含めて「輸入」関税をかければ、同じ効果は得られるはずです。

 でも、輸出関税は自主規制以外にどんな場合に使われるのか検索して調べてみると、輸出したくないのに「モノ」が外国に売られてしまう場合に使えることがわかりました。ロシアでは、穀物が不作だった年には輸出によって国内の穀物の不足に拍車がかかり、パンの価格が高騰することを防ぐために輸出関税をかけるということです。

 輸出するほどの量を生産できて、国内に売るより海外で売ったほうが儲かるために、国内で品不足が起こるもの。こんなものにかけられる税金が輸出関税ということのようです。自主規制のためにかけられるのは、あくまで「自主」ですから中国がいやだといえばそれまででしょうがないようです。トヨタの車は、いまや7割方アメリカで作っていますから、輸出関税もかけられない。これで自動車摩擦が起きたらどんな摩擦なのか。アメリカでトヨタ車のボイコットをしても、困るのは米国トヨタで働いているアメリカ人ですし、トヨタ車だけに税金をかけることができたとしても、損をするのはアメリカの消費者です。

 中国の繊維製品が、本当にいいものならいくら規制をしても売れてしまうでしょうし、たいしたものでなければ、輸出関税をかけようがかけまいがいずれ脅威ではなくなるはずです。競争条件を整えるための、セーフガード(緊急輸入制限)だけあれば十分なのではないかと思います。

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