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2005.07.15

訳が分からないこと

 ロンドンの同時テロが自爆だったと断定されたということで、ちょっと驚いています。というのは、ロンドンの中心部で爆破テロをやるのに、テロリストが命を懸けるほどのことだったかと疑問に感じるからです。ニューヨークの同時テロは、旅客機を乗っ取って貿易センタービルを崩壊させて、数人のテロリストの命で数千人の一般市民を殺すことができたわけですから、アルカイダにすれば割の合うテロだったと考えることも理解できないでもありません。イラクで毎日のように起きている自爆テロも、軍隊相手ですから一人のテロリストの命で数十人の軍人を殺すことができるのならこれも分からないでもありません。もちろん、テロを肯定するつもりは全くありません。費用対効果でテロリストのことを想像できるかどうかということです。

 ロンドンの同時テロは、当初携帯電話による時限装置があったとかいう話もありましたから、まさか自爆ではないと思いました。何の抵抗もできない一般市民を、逃げられない交通機関の中で爆弾で殺すのに自爆する必要はないだろうと考えていました。ところが自爆だったという話が本当なら、今回の事件では費用対効果でテロリストのことを想像することはきわめて難しいと感じます。東京の地下鉄サリン事件でも実行犯はサリンで死ぬことはありませんでした。ロンドンの犯人は、自分が死ぬこと自体が目的だったのではないかと疑わざるを得なくなります。世の中に訴えることがあるからテロを行うのなら、方法は間違っていてもその主張は聞くことができます。しかし、死ぬことを目的とする主張など聞いても意味がないように思います。まったく訳が分からないとしか言えません。

 訳が分からないといえば、「つくる会」の教科書に反対している人たちです。先日、栃木県大田原市で「つくる会」の教科書が採択されてニュースになっていました。これに反対する人は、どう見ても分が悪いようにしか見えません。「つくる会」の教科書は歴史的事実の記載に間違いはないことは検定を通っていることが示すように反対派も認めているようです。反対派は事実の解釈というか記載の仕方に反対しているわけですが、ある解釈に反論することはそれはそれで別に構わないことです。ただ、「つくる会」は反対派の解釈を否定はしておらず、違う解釈もあることを提示しているのにすぎないのに、反対派は反対派の解釈が正しくて「つくる会」の解釈は間違いだといわんばかりに反対しています。歴史的事実に間違いがなければ、解釈に何が間違いで何が間違いではないかなど、学問的にはありえないのではないでしょうか。せめていうなら、「つくる会」の解釈は子供に教えるのに適切でないことを説明して教科書にはふさわしくないということだと思うのですが、いろいろな報道を見ている限り「つくる会」の解釈が子供にふさわしくないことなど論理的に説明はできないようです。むしろ、従来の教科書の解釈(自虐史観)のほうが子供にふさわしくないといえるかもしれません。

 反対派は自分たちの主張を論理的に組み立てられないために、「つくる会」を頭から全て否定せざるを得なくなっているようです。そのいい例が船橋の市立図書館で「つくる会」関連の書籍を勝手に廃棄したという事件だといえます。損害賠償が認められたことはおいておいても、賠償が認められようと認められまいと特定の主張を公共の場から排除することはとんでもない暴挙です。自分の子供が使う教科書を「つくる会」の教科書にしたくないという親御さんの主張は、それ自体無視することはできませんが、どの教科書を使おうと事実は正しく記載されているわけですから、解釈は従来からの解釈と「つくる会」の解釈と両方を教えればいい。受験には関係ないかもしれないけれど、数学の解法が複数あるように、一つの歴史的事実も視点の置き方によって解釈が変わることを教えることのほうがよほどまともな授業です。そんな時間は今の学校にないといわれるかもしれませんが、そうであるなら「つくる会」の教科書に反対するよりも、違った解釈を教えることができない今の学校の状況を改めるよう主張したほうが良さそうだと思えてきます。主張する方向が違うのでは?と言いたくなります。

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Comments

この記事にTBしました。理性で考えるからわからないことでも、感情という要素を考慮するとずっとわかりやすくなるのではと思います。

Posted by: 舎 亜歴 | 2005.07.15 at 22:11

舎さん、コメントありがとうございます。舎さんのTBしていただいた記事を読んで、「感情という要素を考慮するとずっとわかりやすくなる」ということがよく分かりました。
世の中のかなりの部分を感情が動かしているのかもしれませんが、テロを起こす人の感情は異常だと思う私の「感情」はなくすことはできないと同時に、その私の感情がどこまで正常なのかも怪しいものだと思います。
そうするとやっぱり理性で理解することが必要なのではないかと改めて思います。

Posted by: tomorin | 2005.07.16 at 08:50

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