« October 2005 | Main | December 2005 »

2005.11.29

看板と実質

 民主党の西村真悟衆議院議員の逮捕は非常に残念です。時には暴走かとも思えるくらいのハッキリした言動は、ハラハラしながらも好感を持っていました。今回の容疑は弁護士法違反ということですが、西村議員の持つ弁護士資格が、内容の伴わない看板だけのものになってしまって、それでもそこから収益を得ていたことは、仮にそれが政治活動のためだとしても許されることではありません。

 それにしても、先に逮捕された非弁活動をしていた鈴木容疑者、この人は看板がないのに実質的に弁護士の活動をやっていたということですが、交通事故という限られた分野にせよ弁護士の業務を行えてしまうということの意味を考えると興味深いものがあります。医師や弁護士、公認会計士など、専門業務を独占している専門家は、ただ能力があるからだけでそのメリットが与えられているわけではないようです。能力があるだけなら、鈴木容疑者のように弁護士業務の特定の分野に限っては、本職の専門家よりも能力があるという“非”専門家も世の中には数多くいるはずです。このような“非”専門家を排除する理由は何でしょうか。

 多分、あまりにも狭い領域だけの能力では現実世界の多様な動きについていけないからなのかもしれません。交通事故の処理であっても、揉め事の背景にはさまざまな要素が絡み合っていることもあるでしょうし、依頼人自身も自覚していないニーズに気がついて、それを引き出して解決することも専門家には必要なことだと思います。

 いま、大きな問題になっている建物の強度の偽装事件も、1級建築士という専門家が、目の前の仕事のコスト削減や目先の自分の収入といった程度の視野しか持たなかったことが大きな原因のようです。そしてこんな建築士を使った設計事務所も、建設会社も、さらには審査をして建築確認をおろした業者も責任は免れませんし、何よりも欠陥マンションの購入者に直接責任を負うのはそれを販売した不動産会社です。それぞれがプロとして営業して利益を上げているわけですから、責任はキッチリ負うべきです。住民の安全を第一に考えなければなりませんが、間違ってもこれらのプロの業者のために私たちの税金が使われるようなことになれば、到底納得しがたいものを感じます。

 プロフェッショナル、専門家として看板を揚げたなら、中身の実質が伴わないようなことだけはあってはいけません。実質が伴わなくなったなら、速やかに看板を降ろしてもらうことが必要です。 看板と実質が遊離しては、世の中が混乱するだけです。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.11.09

皇室典範有識者会議への疑問

 皇室典範に関する有識者会議というのは、女系での皇位継承を認めようとしたり、男女関係なく第一子優先など、どうもかなりラディカルな乱暴な有識者たちが集まった会議のように感じられます。天皇家の存在をどう捉えるか、恐らく私も含めて多くの国民のあいだには、漠然とした憲法上の「象徴」という言葉、せいぜいもう少し詳しく言って「国民統合の象徴」というまったくぼんやりした概念でしかないのかもしれません。ですから、ここであの有識者会議の、伝統の安易な変更に異議を唱えても、中味のない空言になってしまうかもしれません。ただ、それでも、皇室は日本という国の背骨みたいなもので、畏れ敬うつもりはありませんが、わが国の国民みんなの伝統を体現している存在として、これを安易に取り扱うことにはどうしても違和感が拭えません。

 先日、東京競馬場で行われた天皇賞に、天皇皇后両陛下がお越しになりました。ターフビジョンに両陛下が手を振る場面が映し出されたときに、私の近くにいた人がこんなことを言いました。 「天ちゃん、どの馬から買ったの?教えて~」
陛下が馬券を買うとは思えませんが、もし買ったのならそれはどんな馬券なのか知りたいと私も思います。その人もほんの冗談で言ったに過ぎないことはわかります。それでも、それはおおっぴらに言うことではないだろうという気はします。もしそれが不敬罪だなどと言われるような世の中であれば、それはそれで困ったことだとは思いますが、良識として公共の場であまりにも見識に欠けることは言わないことがエチケットだと思います。

 あの有識者会議は、期限のある中で答申を出すためとはいえ、私にはあまりにも拙速すぎて見識に欠けるような印象を否定できません。考え方として、女系天皇や第一子優先などありうるとは思います。ただ、答申の提出期限に間に合わせるため、それだけにすぎないような気がしてなりません。新聞やテレビなどの報道からですが、深い議論がなされた形跡があまりにも見えてきません。

 皇統の安定した継続のためには、女系も認めたほうがいいのでしょう。第一子優先にすれば、承継順位もすっきりしたものになるでしょう。しかし、それだけでいいのでしょうか。ただ皇位がつながればいいのではなく、国民的合意も必要なのですから、いろいろな面から深く考察してほしいと思います。「有識者」会議なのですから。

 私は、皇太子殿下のつぎの皇位がどのように継承されようと、愛子さまもしくは秋篠宮家の内親王様方のどなたかが、旧宮家の男性とご結婚されるのがいいのだろうと思っています。男系で承継された場合に、旧宮家の男性は、一般人からいきなり天皇となるわけですから、結婚相手は皇族であったほうが本人にとっても、またその次の皇太子にとってもいいだろうと考えます。また、女性天皇を認めてさらに女系で承継する場合でも、女性天皇の配偶者(=皇配)はまったくの一般人よりは旧宮家のほうが国民も受け入れやすいように思います。皇室典範がどうなろうと、そうなればいいなあと勝手に思っています。

 ところで、仮に女系での皇位の継承を認めるように法改正が行われたとしても、女性天皇の配偶者が男系である旧宮家の方であれば、とりあえずは男系は継続することになります。2千年近く続いてきた男系での承継を捨て去ることはそう簡単ではないと思います。先ごろ報道された三笠宮殿下の私見にもあるように、皇室自体にも伝統への愛着があれば女性天皇の配偶者を安易には決められない状況が起こりうることは容易に想像できます。

 例えば、愛子さまがご結婚相手を選ぶときに、自発的に旧宮家の男性を選べば問題はありませんが、もしそうではなかったときに、ご結婚相手に関して愛子さまにプレッシャーがかかるのではないかと憂慮します。女系による承継を認めたうえで、皇位継承者たる内親王様が旧宮家以外からお相手を選べば男系による天皇は確実に途絶えます。これには現時点では相当な抵抗が予想されます。男系のままにした上で、場合によっては養子などを認めるならば、旧宮家以外の男性をお相手に選んでも男系は途絶えることはありません。すなわち、抵抗も比較的に少ないだろうと考えられます。

 私は、内親王様が旧宮家の男性とご結婚することは望ましいとは思いますが、無理強いしてまではどんなものかという気がしてなりません。天皇は国民の意思によるものですから、時によっては自分の結婚にも制約があるものかもしれませんが、あまり強引なことをすることは国民の意思ではないはずです。強引なことをしないためにも、女系による承継を認めることは果たしていいことなのかどうか、有識者といわれる人たちはどこまで考え議論したのか、甚だ疑問に感じています。

| | Comments (0) | TrackBack (4)

« October 2005 | Main | December 2005 »