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2006.10.09

核武装よりも敵基地攻撃論

 北朝鮮の核実験は予想されていたとはいえ、現実のものになるとつくづくとんでもない国だと思います。でも安倍総理の中韓訪問に合わせたかのような核実験で、ギクシャクした中韓首脳との間に共通の敵ができて、かえって会談はスムースで良かったのではないかとも思います。

 北が核兵器を完全に保有したことで、わが国にとって大変な脅威となり、日本の核武装論も出てくるでしょうが、私は核武装の前に通常兵器の強化が先決だろうと考えます。核兵器は使う兵器というより、それによって交渉を優位にするといった側面が強いもので、北朝鮮はわかりませんが日本が持っても実際に使える局面は極めて稀なのだろうと思います。交渉のための核であれば、日本には米軍の保有する核がありますから、日米同盟がしっかりしていればあえて核を独自に持つ必要性は薄いといえます。

 北朝鮮がすぐにでも日本に核攻撃を仕掛けようとすることはないと思いますが、懸念はは拉致問題の交渉時に核の脅威をちらつかせて、問題の解決を阻まれる可能性です。原則論では拉致問題に譲歩はありえません。人権に関わる問題であり、日本人の生命に関する問題なのだから、交渉のテクニックで譲歩を装うことはあっても、本当に引いてしまうことはできません。でも核兵器で脅された場合、1人の拉致被害者を救うために数十万人の日本人の生命を失わせることはできませんから、核で脅されれば引くしかありません。もちろん日本が核攻撃を受けた場合は、アメリカの核で反撃するというカウンターパンチはあるものの、核の応酬となることと拉致問題を天秤にかけるなら、これは単に原則論を貫き通せばいいということでは済まなくなります。

 そこで思い出すのは、敵基地攻撃論です。7月の北朝鮮のミサイル発射時に安倍総理(当時は官房長官)も言及して評判はあまり高くなかったようですが、敵国が日本を攻撃する意図を表明し、弾道ミサイルに燃料を注入するなど「武力攻撃の着手」段階で、敵基地攻撃が可能という敵基地攻撃論が認められるなら、譲歩がありえない拉致問題で核の脅威で対抗してくればそれは日本を攻撃する意図といえますし、このような事態の中で北朝鮮の軍事基地で何らかの動きがあれば、武力攻撃の着手段階と捉えて攻撃は可能です。当然ながらそれには十分な準備と情報の収集が必要ですが、経済状態がよくなく今後もさらなる経済制裁で疲弊すると予想される北朝鮮は、安全を核のみに頼るはずで通常兵器は大した装備はできず、それゆえ通常兵器による防御にも脆弱になると考えられます。

 防御が脆弱なところで、核施設とミサイル基地を攻撃して使えなくすることができれば、核攻撃の脅威は実質上取り除かれます。夢物語といわれるかもしれませんが、日本が核武装する前に、すなわち非核保有国であるうちに核保有国であるテロ国家に勝利することができれば、国際社会に与える影響もプラス面で大きく、それこそまさに唯一の被爆国の面目躍如たることにもなります。現状の自衛隊にそれだけの能力があるとは思えませんが、もし朝鮮半島の核と長期間付きあっていかなくてはならないようなら、日本が核武装する前に検討していいのではないかと思います。

 

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