« June 2007 | Main | August 2007 »

2007.07.30

ツイてない日

 昨日の日曜日は投票に行ってから、競馬場へ行くつもりでした。ところが、午後に降り出した雨がひどくて出掛ける気になりません。競馬の予想をして雨がおさまるのを待っていると、メインレースに遅れそうになってしまい、まずは投票よりも競馬へ先に行くことにしました。外に出ると雨は止んでいましたが、いつまた降り出すかわかりません。

 メインレースの1つ前のレースに、何とか間に合う頃に競馬場に着きました。さて馬券を買おうと思いはしましたが、オッズを確認していると、時間的に買えるかどうかギリギリです。休みの日に何もそんなに急ぐことはないと、このレースは見送りました。普段は慌てて買って当たったためしはないのですが、こういうときに限って予想した馬が来ています。普通に買っていれば単勝と馬連は当たっていたはずです。悔しい思いはしましたが、今日はツイているに違いないと言い聞かせてメインレースに挑みました。その後、2~3レースほど馬券を買いましたがどれも当たらず、そうなると見送ったレースが悔やまれます。

 競馬場を後にして、参院選の投票所へ。ツイていない日だったことと関係はないでしょうが、私が投票した選挙区の候補者は落選でした。それにしてもこの日はとことんツイていないようで、投票後に行った居酒屋で免許証やカードの入った定期入れを落としてしまいました。そのことに家に帰って風呂に入った後に気づき、雨の中、定期入れを探しながら再びその居酒屋まで行く羽目となってしまいました。家から居酒屋まではそんなに遠くはないのですが、それにしてもツイていません。もっとも落とした定期入れが、居酒屋にあったこと自体ツイていたといえるのかもしれませんが。

 選挙は与党が負けて午前中は株価も下がっていましたが、引け間際に上がって、結局プラスで終わりました。自民党惨敗で国会運営が不安定になる懸念はありますが、民主党にも責任感が出てきて無茶なことはできないだろうとも考えられます。ツイていないばかりではないと思いたいものです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.27

他力本願

 肥満は伝染するというニュースを読んだとき、日頃付き合いのある親しい友人を思い浮かべて、やっぱりそうだったんだと思い当たりました。

【ワシントン25日共同】友人やきょうだい、配偶者が肥満になった人は自分も肥満になる可能性が高くなるとの大規模調査の結果を米ハーバード大などの研究チームが25日、米医学誌に発表した。肥満への抵抗感がなくなってしまうことが一因らしく、先進国で社会問題となっている肥満が親密な人間関係の中で広がる側面があることを示す結果。チームは「人間関係を通じ肥満の改善もできるかもしれない」と指摘。

 こちらが思い当たったということは、友人のほうもきっと私を思い出して、「やはりそうか」と思っているはずです。友人以外にも、「元祖!でぶや」は好きな番組ですし、大相撲も場所中はテレビで見るだけではなく、両国でやっているときは場所中に1回は見に行きます。相撲取りとデブタレは一緒ではないと言われるかもしれませんが、たくさん食べる人には好印象を持つという点で、私の中ではつながっています。

 やはりダイエットなどを気にせず、大いに食べる姿というのはいいものです。だから、友人とも大いに食べて飲んで、飲みすぎて記憶をなくすのも肥満のことを忘れるため(?)なのかもしれません。そういう自分の意識を振り返ると、デブはデブを呼ぶというハーバード大の研究には思い当たります。

 研究チームの「人間関係を通じ肥満の改善もできるかもしれない」というコメントがありますが、これは肥満じゃない人と付き合えといわれているようで、大きなお世話だという気もしないではありません。「元祖!でぶや」は金曜日に放送していた頃は毎回見ていましたが火曜日になってからはあまり見られなくなりました。でも、だからといって痩せたということもありません。ですから、相撲を見ることを止めたり、友人と飲み食いすることを控えても、きっとあまり効果はないだろうと思っています。ただ、友人がダイエットに成功すれば自分でもできるかもしれないと思えそうです。

次に友人に会ったら、互いに相手にダイエットをさせようとするに違いないと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.07.26

マニフェスト

 朝、郵便受けに「Manifesto」という民主党の小沢党首の顔写真がでかでかと出ているチラシが入っていました。参院選挙まであと数日となりました。今回はどこにいれようかと思っていましたので、このマニフェストを見てみました。3つの約束ということが書かれています。

 1つ目が「年金通帳で消えない年金」とあります。銀行通帳と同じように年金通帳を作って、いつでも自分の記録を確認できるようにするということです。職歴や保険料の支払い状況が年金手帳に記録されるのでしょうが、まさか年金通帳がなければ転職や保険料の支払いができないということはないでしょうから、社会保険庁のコンピュータにある記録を年金通帳に記帳すればいつでも自分の記録を確認できるということなのでしょう。しかし、年金通帳の記帳はきっと社会保険事務所か市区町村役所で行うことになるのではないでしょうか。今でも自分の記録を確認するのに社会保険庁に行く必要があるのですから、あまり変わらないと思います。それに銀行通帳と同じようにといっても、いまや銀行では通帳などなくても口座を利用できます。通帳を使わないことのほうが多いのではないでしょうか。それを年金だけ通帳といわれてもどんなものでしょうか。社会保険カードみたいなほうがまだ良さそうに思います。

 2つ目は「月額2万6000円の子ども手当」です。公立高校の授業料を無料にするとか、奨学金制度を拡充するともありますが、財源は書いてありません。少子化対策としての施策のようですが、少子化だから授業料を無料にするというより、教育そのものをどうするのかというほうが私は重要だと思います。それに子どもの教育を充実させることは必要だと思いますが、カネだけかければいいものでもないはずです。むしろカネはかけるだけでは不十分で、いかにカネを使うかという視点が抜けています。もっとも本当にそんなカネ(財源)があるのかどうかも疑わしいのですから、いい加減な書き方になるのも仕方がないのかもしれません。

 3つ目は農家への「戸別所得補償制度」を創設するそうです。食料自給率を向上させようという意図はいいのですが、後継者がどうなるかもわからない零細農家も対象となるのでしょうか。途方もない高関税で外国の農産物を締め出すよりは、農家への補助金で競争力をつけるよう支援するというのはマシかもしれませんが、本当に関税を下げるのかどうかということと、戸別所得補償制度で農家の国際競争力がどう向上するのかがわかりません。普通に考えればこれでは農家の樹競争力はますます低下します。

 税金の無駄遣いを徹底的になくして消費税は現行のままとするといっても、やはり経済成長がなければそんなことできないだろうという気がしてなりません。税金の無駄遣いをなくすことは当然ですが、それでこれからも増えていく社会保障費を賄うことはどう考えても非現実的に思います。やはり政策面では自民党のほうが信頼感はあるのですが、東京ではふざけた弁護士選挙権もない元女子アナが候補者になっていて投票する気になりません。自民の支持率が低いのもこういうところに原因があるように感じています。

 日本改造計画を書いた小沢さんを、以前は支持していたのですが、このところの発言からはどうも主義主張を変えたようです。自由主義を守る候補者、政党へ投票したいのですが、赤みがかった政策を主張する小沢民主党には期待できそうにありません。

 マニフェストと一緒に、明日の古新聞回収のチラシがありました。早速まとめておくことにします。

| | Comments (0) | TrackBack (4)

2007.07.24

子供の成長

 土曜日の朝、散歩をしていると歩道で見慣れない虫を見つけました。3~4cmくらいの茶色で、羽はなく前足が小さな釜のような形をしています。のそのそと歩道を歩くというか、這っているように動いています。どこかで見たことのあるような虫なのですが、なんだったか思い出せません。ただ、じっと見ていると、そのグロテスクな形に嫌気を覚えてそのまま立ち去りました。歩きながら胴体だけならセミに似ているかなと思って気がつきました。セミの幼虫です。羽化するために土の中から出てきたセミの幼虫が、何らかの理由で歩道を這って羽化し易い場所を探しているところだったようです。抜け殻はよく見つけるのですが、生きて動いているセミの幼虫を見つけたのは、多分生まれて初めてではないかと思います。

 ちゃんと羽化してセミになれただろうか。そんなことを思いながら、家に帰って週明けに迫った締め切りの原稿を仕上げようともがいてはみましたが、なかなか思うようには進みません。そうこうしているうちに、妹がもうじき3歳になる娘を連れてやってきました。その日は妹は同窓会で、出掛けている間、姪を預ることになっていました。

 姪がいるともう原稿どころではなくなります。母親がいない間にグズられても困るので、こちらも精一杯相手をするといい加減に疲れてきます。しばらくすると姪も疲れたのか、座っておとなしくテレビを見始めます。その間に原稿を書けば良さそうなものですが、姪の様子が気になって、目の届くところでお茶でも飲んで一息つくことはできても、とても原稿に手をつける気にはなりません。締め切りは気になるのですが、姪と遊んでいると至福のときに思えてきます。

 姪が帰って週明けの朝、散歩に出掛けて帰ってきたとき、雨の中、マンションの駐車場で雀が何かをくわえながら悪戦苦闘しています。私が近づくと、雀はあきらめてくわえていたものを放して飛び去っていきました。後に残ったのは羽をばたつかせている何かの虫です。さらに近づいて見ると、小さなセミが覚束ない飛び方でフラフラと飛んでいきます。

 雀にくわえられていたから覚束ない飛び方だったのか、それともあの大きさからするとまだ羽化したばかりで、あまりよく飛べないところを雀に襲われたのか。そのとき、土曜の朝に見たセミの幼虫を思い出しました。まさかあの幼虫が羽化して雀に襲われたとは思いませんが、のそのそと這っていた幼虫がフラフラとではあっても飛べるようになったと思えて、子供の成長を見たような気がしました。

 来月は姪も3歳になります。誕生日のプレゼントは何がいいだろうか。原稿を仕上げたら考えようと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.20

普段の行い(後編)

 最終日。今日は帰るだけです。旅行前、幹事役の‘唯一の三十代’が酒蔵でも見学して帰ろうか、という提案をしたのですが、せっかく温泉でのんびりしたのに疲れて帰りが遅くなるのは嫌だ、というオヤジらしいところで意見が一致して、もう帰るだけです。

 月岡温泉からバスに乗り、豊栄駅まで20~30分。ここから白新線で新潟まで20分ほど。そこからわれわれは新幹線で東京へ、‘仙台の呑み助’は高速バスで仙台へと帰る予定です。豊栄駅を出たのは10時12分。一駅目の早通に着くと、女性の車掌さんが車内アナウンスで「ただいま地震がありました。しばらく発車を見合わせ、当駅で停車します。」と言います。便利な世の中になったもので、‘唯一の三十代’がワンセグ携帯でテレビのニュースを見ています。

 「新潟県内で震度6だって」‘唯一の三十代’がそう言ったときには、周りの乗客も携帯を見ながら地震の情報に驚いていました。10時13分、新潟県と長野県に震度6強の地震。電車に乗っていましたので地震の揺れは感じませんでしたが、情報が伝わるに連れて驚きは増していきました。それからもう少しすると、ワンセグの画面には潰れた建物の映像なども映し出されるようになりました。とりあえず急いで新潟駅まで行っても、どうせ新幹線は動いていないだろうからと、そう慌てることはなかったのですが、自宅へはまず無事であることはメールしておきました。

 ただ、‘仙台の呑み助’は新潟からバスですから、動いている可能性もあるので急いだほうがいいだろうと、早通からタクシーで新潟へ向かいました。白新線が新潟に着いたのは、もう昼を過ぎて午後1時頃でした。その間、‘仙台の呑み助’は無事に新潟に着いて、仙台行きのバスに乗ったというメールがありましたから、彼はそれほど地震の影響は受けなかったようです。

 仙台に着くと、みどりの窓口には切符を払い戻す人々で行列ができています。新幹線の改札には、点検のため新幹線はストップで、復旧まで9時間くらいはかかる見込みと書かれてありました。ただ、越後湯沢からはそれよりの早く折り返し運転を始めるとも。しかし越後湯沢までの電車もみんな止まっています。どうしようかと思案に暮れました。

 ‘唯一の三十代’は仕事でしばしば新潟に来ることがあり、彼はよくレンタカーを使います。その彼が言うには、県内ならレンタカーの乗り捨ても可能なはずだから、ここでレンタカーを借りて越後湯沢まで行こうと提案。早速レンタカーを借りて越後湯沢へ向かいます。その間に、カーラジオからは越後湯沢から新幹線の運転を始めたという情報が入ります。途中で昼飯を済ませながら、3時過ぎに越後湯沢に到着することができました。

 次の新幹線は3時半頃出発の予定ということで、早速乗り込みます。幸いにして座席も確保できました。あとは無事に東京に着くのを待つばかりと思いきや、3時半を過ぎてもなかなか出発しません。こういう事態ですから、数分の遅れに目くじらを立てても仕方がありません。そのうち、急に車内の電気が消えます。どうしたのかと思うと、なにやら新幹線が揺れだしました。珍しい発車の仕方と思ったのもつかの間、余震であることに気がつきました。それもかなりの大きさです。ワンセグ携帯の情報では、3時37分の震度6弱の余震だそうです。

 これでまた発車が遅れます。このとき再び思い出しました。普段の行いの悪さは、台風でも馬券でもなく、ここに表れたのかと。越後湯沢の新幹線の中で足止めを喰らっては、もうどうしようもありません。近くにスキー客用の宿泊施設はあるとはいえ、できれば今日中には帰りつきたい。溜まった仕事もあるので、帰りが延びたりすると正直言って困ります。他の人はどう思ったかは知りませんが、このときは日頃の自分を反省しました。これからは締切に余裕を持って仕事をしようと・・・

 その甲斐あってか、幸いにして新幹線は30分後には動き出しました。その後はスムースに帰り着きました。すると現金なもので、あのときの反省を忘れたわけではないのですが、いまは溜まった仕事を片付けるのに苦労しています。余裕を持って仕事をしたいとは思っているのですが、なかなか思い通りにならない。これが人生というものでしょう。台風は辛うじて避け、万馬券を取り逃がし、地震で足留め寸前で帰ってくるという綱渡りが、私の生き方といえばそうなのかもしれません。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.07.19

普段の行い(中編)

 休日でも競馬の日の朝は早い。というより、単に中年のオヤジが朝早く眼が覚めてしまうだけです。温泉の大浴場は朝5時から入れますが、5時になるのを待ってオヤジどもが入りに行くのは、傍から見るとちょっと引いてしまうかもしれません。朝食はご飯のおかわりをして一人4~5膳は食べます。休みの朝はいつも以上に食べられるから不思議です。

 そしてまた寝ます。これが気持ちがいい。布団を上げに来た係の人に、布団上げは後にしてもらって、そのままダラしなく寝てしまいます。結局昼近くまでグタグタしています。早く起きた意味はありません。ただ目が覚めただけで、休みの日はやはりのんびりしたいものです。

 そうこうしながらも昼近くには活動を再開します。昨日、競馬場から宿に来るときに乗ったタクシーの運転手から、明日もよかったら使ってくださいと名刺をもらっていました。それならと、そのタクシーを呼んで新潟競馬場へ向かいます。商売上手なのかどうか、タクシーの運ちゃんは、帰りもまた呼んでくださいと人懐っこい笑顔がいい。

 午前中はほとんど寝ていただけなのに、昼は昼でまた食べます。昨日の食堂はやめようということで、別なところへ入ります。昨日とほぼ同じような時間で、午後のレースが始まったばかりでしたが、昨日以上に混んでいます。さすがにアイビスサマーダッシュの日だけあって混んでいるのかとも思いましたが、出てきた料理を見てそれだけではないことが理解できました。ボリュームがあって味もなかなかです。これなら十分満足できます。われわれは4人なので相席ということはなかったのですが、1人、2人で来た人は店の人が相席をお願いするほどの混みようです。この味でこのボリュームならそれも仕方がないと思えます。

 馬券の方は、私が来てそうそうの新馬戦で運試しに4頭の単勝を買ったら、その4頭のうち2頭が1・2着です。単勝は2千円ほどつきましたが、馬連は3万円もついて、みんなにあと6百円出して4頭のボックスで馬連も買っておけばいいのにと散々馬鹿にされました。その後、‘仙台の呑み助’がメインの前のレースで三連複を取って馬券勝負ではリードします。メインのアイビスサマーダッシュは、牝馬が強いレースとわかっていてもさすがに単勝で7千円もつく牝馬からという馬券は買えず、誰も当たりませんでした。

 馬券勝負は‘仙台の呑み助’の勝ちで決まりかと思ったところ、最終で‘一番馬券を買う男’が三連単を的中させて大逆転です。‘仙台の呑み助’は悔しがりましたが、勝負は非情なものです。今年の温泉旅行馬券勝負は‘一番馬券を買う男’の勝利で幕を閉じました。

 帰りはまたあのタクシーの運ちゃんに電話をして見ました。競馬場の前は混みあっていますから、どこか少し競馬場から離れたところまで行ったほうがいいのかと思っていましたら、門を出たところで待っていてくれればいいと言います。とりあえず行ってみると、案の定混んでいて、あのタクシーはどこにいるのか分かりません。しかし、なぜか後ろから新潟訛りで呼ばれます。振り向くとあの運ちゃんです。なぜ後ろから?と思っていますと、「車はそこに停めてあります」というところはタクシー専用の駐車場です。運ちゃんの後ろに着いて行って気がつきましたが、運ちゃんの後ろポケットにはしっかり競馬新聞が・・・

 これで納得しました。この人も競馬を楽しんで、帰りはわれわれを乗せて仕事をして帰るということです。ちょうどバスやタクシーで帰る人で混みあう競馬場の前ですが、タクシーも客を乗せるために列を作って並んでいます。われわれもタクシー乗り場で待つ必要はなかったのですが、このタクシーも客を乗せるのに待つ必要はなかったということです。競馬をしながら客を待っていられたわけで、この運ちゃんにとっては、ラッキーな日だったのかもしれません。ただし馬券がどうだったかは敢えて聞きませんでしたが・・・

ダラダラと書いて長くなってしまいました。地震のあった最終日のことはまた明日にします。

| | Comments (0) | TrackBack (4)

2007.07.18

普段の行い(前編)

 何かイベントのときに天候が荒れたりすると普段の行いが悪いからだなどといいますが、“今年の飲み仲間温泉ツアー”はまさにそれなのかと思わざるを得ません。今年は新潟競馬場の名物レース、アイビスサマーダッシュを楽しみながら、月岡温泉でゆったりしようという計画でした。東京から4人、仙台から1人の計5人の競馬好きの飲兵衛が参加予定でしたが、東京の一人が仕事で急遽不参加となり、4人で新潟へ向かいました。

 台風4号が近づく中の出発でしたから、やはり誰かの行いが悪いのだろうと4人とも思いながら、そして誰もが自分のせいかもしれないと思っていながら、けれども誰も自分のせいとは認めたくはない、そんな軽い緊張感を持ってツアーは始まりました。しかし、台風どころか大地震を呼んでしまうのですから、恐らくは参加者全員の普段の行いが良くないことを神様仏様はお見通しだったに違いありません。新潟県中越沖地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方々にはお見舞い申し上げます。

 初日は昼頃に新潟に着き、バスで新潟競馬場へ。まずは腹ごしらえと食堂に入ります。午後のレースが始まっていましたが、食堂はまだ混んでいました。4人はそれぞれ好みの料理の食券を買って厨房へ渡し、注文したものが出てくるのを待ちます。私はカレーうどんを頼み、一番若い唯一の三十代はそばを頼みました。麺類はすぐに出来てきたのですが、定食を頼んだ残りの二人、仲間うちで一番馬券を買う男と仙台の呑み助の分はなかなか出てきません。2人ともヒレカツ定食を頼んだようなのですが、定食ものは調理に時間がかかるようで、他のお客さんが後から頼んだラーメン類のほうが先に出てきていました。私と三十代は先に食べ始め、もうほとんど食べ終わる頃にようやく仙台の呑み助が、続いて一番馬券を買う男がようやく席について食べ始めました。

 私はそんなに気にしていなかったのですが、仙台の呑み助がヒレカツを一口かじって断面を見せてきました。う、薄い・・・ヒレカツというよりそれはハムカツではないかと思えるくらいの薄さです。散々待たされた挙句がそれでは気の毒です。一番馬券を買う男は、入り口のサンプルとここまで違うのも珍しいと言いながら食べていました。定食組の二人は満腹感のないまま昼食を終え、それでも気を取り直して馬券検討を始めました。

 とはいえ、早く宿へ行ってゆっくりしたいというのがみんなの本音です。とりあえず最終レースまで馬券を買って競馬場を後にしました。新潟競馬場から月岡温泉まではタクシーで20~30分、4千円ほどですから4人で乗れば1人千円です。宿についても競馬の結果が気になりますから、すぐに温泉には入らず、最終の終わる5時頃まではラジオを聞きながらグテッとしていました。この日、馬券成績の良かったのは一番馬券を買う男でした。あれだけ買えばそれは当たるさ、と口には出しませんがみんなで明日のリベンジを誓いました。

 温泉に入り、酒を飲みながら食事をして、後は明日の馬券検討です。馬券を検討する上で気になるのは天気です。今日は雨は降っていたものの、芝コースはまだ良馬場でしたが、これから雨が降り続けば馬場の悪化は避けられません。それになにより、台風が進路を北よりにとれば、新潟付近も暴風圏に入って競馬どころではなくなるかもしれません。しかし、テレビのニュースでは東海・関東の南を通るようなので、こちらは大丈夫そうです。東京にいれば暴風雨に遭っていたかもしれないことを考えれば、われわれの行いは悪いどころか、むしろツイているのかもしれない。きっと4人が4人ともそんなことを考えたに違いありません。そして次に考えることは、「だから明日の馬券は取れるに違いない。」競馬ファンが考えそうなことです。今思えばこんなことを考えること自体がいけなかったのかもしれません。

続きはまた明日・・・

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.07.13

熊本の友人へ

 私が住んでいるわけではないが、九州では長雨に続いて台風が接近している。先日、熊本の友人にメールしたところ、これだけの大雨が続くのは初めてということだったが、幸いにして特に被害はないといっていた。

 友人は私と同郷の東北出身だが、熊本に転勤となり、たまに出張で東京に来たときに飲んだりする。「熊本はいいところだ」と口癖のようにいう。自然が美しくて食べ物がうまいということだけではなく、人の気質がいいといっていた。別に東北が悪いというわけではないだろうが、なにやら熊本は彼に合っているようだ。

 私自身、熊本に行ったこともなく、熊本といえば、「美少年」という日本酒が浮かぶ程度だが、彼が東京に来て一緒に飲むと大変なことになる。焼酎ブームの昨今でも、旧友と飲むときは日本酒がいい、というところがお互いに東北人なのだろう。昨年だったか、もう一人の同郷の友人を含めて三人で飲んだが、二升空けてもう一本注文したところまでは憶えているが、それ以降の記憶がない。例のごとく記憶はなくても家には帰って来る私だが、後から聞いたところ他の二人は私が帰った後、さらに女の子のいる店へ行ったというから呆れてしまう。

 そんなことはどうでもいいが、台風4号で沖縄では停電やケガ人も出たという。九州への上陸やその後も日本列島に沿って進む可能性もあるようだ。友人に限らず私自身も含め、誰もが不測の被害などに遭わないことを祈りたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.12

縄張り

 隆は小学校へ行く途中の遊歩道に、猫が棲んでいるのを知っていた。あかるい茶色で、少し痩せた猫である。朝、大勢の子供たちがその遊歩道を通るときには、決して姿を現さない。恐らくはどこかへ出かけているのだろう。ある日、風邪をひいて、病院へ行ってから登校したとき、その茶色いヤツが鳴いているのを聞いた。「ミャーミャー」と少し甘えたような声で鳴く。その時は風邪だったこともあって、あまり気にせず通り過ぎただけだった。

 それから数日後、風邪も治って、今度は帰り道に茶色いヤツの鳴き声を聞いた。今度も「ミャーミャー」と、鳴いているのだが姿が見えない。鳴きながら動いていて、隆からは見えないように歩き回っているようだった。

 隆は、遊歩道の真ん中にある植え込みのあっち側とこっち側を行ったり来たりしながら、まるで鬼ごっこでもしているように走り回って、ようやく茶色いヤツの姿を見つけた。見つけたときは一人で走り回っていたにもかかわらず、なぜか隆は笑顔で茶色いヤツに微笑みかけていた。猫はそんな隆を見下すように、一瞥しただけですぐにどこかへ走り去ってしまった。

 翌日、隆は給食のパンをひとかけらだけ、ティッシュに来るんでランドセルに忍ばせた。帰りにまた茶色いヤツを見かけたら、あげようと思って遊歩道へ来た。ところが今日はヤツはいなかった。遊歩道の脇の、楠の上にはカラスがとまっている。隆は昨日追いかけっこをした植え込みの脇に、パンのかけらを置いて帰った。あの茶色いヤツが見つけて食べてくれればいいと思って。

 翌朝、登校の途中にパンを置いた植え込みを何気なく見てみると、パンはなくなっている。(きっと茶色いヤツが食べたんだ。)隆はそう思ってうれしくなった。

 その日はパンを三分の一くらい、周りに見つからないようにランドセルに隠した。今日はいるだろうか。そんなことを考えながら遊歩道に来ると、「ミャーミャー」と茶色いヤツの鳴き声が聞こえた。隆は脅かさないように植え込みのそばで腰を落として猫を探した。しかし、見当たらない。ただ鳴き声はする。鳴き声は、道の反対側の隅のほうから聞こえている。

 隆はパンをちぎって鳴き声のするほうへ投げてみた。驚いたように鳴き声は止んだ。失敗したかと思ったが、茶色いヤツが出てきたパンを食べた。

「おいしいかい。まだあるぞ、ほら。」もうひとかけら投げてやる。猫は投げ込まれた方へ歩み寄ってパンを食べた。今度は隆が植え込みを回って猫の近くへ寄った。猫は逃げずに隆の足元で「ミャー」と鳴き、隆から残りのパンをもらって食べた。

 隆はうれしくなって、家に帰って母親に猫が自分の手からパンを食べたことを話した。「茶色くて、ミャーミャーって鳴くんだよ。」
しかし、母親はちゃんと手を洗ったのかと、給食を残してはダメと言うだけで、隆のうれしさを理解してはくれなかった。

 翌日もパンを忍ばせて、あの遊歩道へ行った。隆は、母親の言いつけをいちいち守る歳ではなくなっていた。今日も「ミャーミャー」と鳴き声が聞こえる。隆が行くと姿を見せ、催促するように「ミャー」と隆に向かって鳴いた。しかし、今日は隆の足元までは来ない。パンをちぎって投げてやるが、物足りないのか、食べてすぐに催促するように鳴く。隆は残りのパンをちぎらずに、そのままそこにおいてパンから離れた。

 猫が「ミャー」とひと鳴きしてパンに駈け寄るそのときだった。「カアー」という鳴き声が頭上から聞こえると、カラスが猫を襲ってパンを横取りしてしまった。カラスは横取りするだけならまだしも、パンをくわえたまま、猫の頭付近に飛び乗るようにして攻撃を加えている。猫は「ミャ、ミャ、ミャ、ギーッ」という叫び声のような奇声を発して逃げていった。

 隆は驚いて、呆然とその事件の一部始終を見ているだけだった。正直言って恐ろしかった。そして、せっかく仲良くなれたと思った茶色いヤツに酷いことをしたカラスを憎んだ。助けてあげられなかった自分を情けないと思った。

 翌日、遊歩道の楠の上にカラスはいたが、猫はいなかった。あれが昨日のカラスなのかどうかはわからないし、確かめようもなかった。それからもうそこで茶色いヤツを見ることはなかった。

 こんな子供のことを思い出したのはどういうわけなのだろう。隆は、今日で企画部から異動になる。花形といわれた部署だが、同期の斉藤が残り、隆は去ることとなった。この一年、同期の2人にチャンスを与えて競わせたということだが、はじめから勝負は決まっていたようだ。異動を告げられる前日、隆は偶然にも部長室での電話の話を聞いてしまった。

 決裁をもらうための書類を持って部長室へ入ろうとノックを仕掛けたとき、多分人事と話している部長の会話が聞こえてきた。
「残すのは斉藤じゃないですか。そういう約束で去年ヤツと一緒に引き受けたんです。移動させるならヤツのほうでお願いしますよ。」

 その部長が異動を告げるときには、「君にはもっとやって欲しいことがあって引き留めたんだが、人事部には逆らえなくてね。ここでの経験を生かして頑張ってほしい。」などというのだから笑ってしまう。

 しかし、そうだ。今だから思える。あの遊歩道はもともとカラスの縄張りだったのかもしれない。そこに茶色いヤツが入ってきて、餌までもらっていたから追い出されたのではないだろうか。ティッシュに包んだパンのかけらを、追いかけっこした植え込みの脇においてきたけれど、あのパンを食べたのはきっと猫ではなくカラスだったのかもしれない。カラスの縄張りを侵したから、茶色いヤツは酷い仕打ちを受けたのかもしれない。

 企画部なんてとこは、俺の来るところではなかった。斉藤と、あの白々しい裏表のある部長のようなエリートたちの縄張りだったようだ。ところで、あの茶色いヤツ、あそこを追い出された後、どこへいってどんな暮らしをしていたのか、隆は今になって気になっていた。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.07.11

信教の自由、歴史認識の自由

 誰がどういう宗教を信じていようと、いまの社会ルールを守って暮らしている分にはまったく自由です。宗教が原因の戦争は今でもありますが、少なくとも先進国においては宗教を戦争で広めることを是認する社会はありません。

 原爆投下を「しょうがない」ということは、あまりにも稚拙な言い回しを、閣僚として日本を代表する人が使ったから非難されたのであって、誰がどういう考えを持とうと基本的には自由です。いろいろな考え方があることを認めることが必要で、第二次大戦中の原爆投下でさらなる犠牲を回避できたという考えも、存在することは認めなくてはなりません。もっとも原爆を投下していなければ、どれだけの犠牲者が出ていたかということについては、誰も確認も証明もできませんから、それを積極的に肯定も否定もできないというのが、一番客観的な態度なのではないかと思います。

 従軍慰安婦問題は、慰安婦という売春婦について、それが日本軍の強制によるものかどうかという事実の問題です。事実は確認できていないけれど、元慰安婦の証言だけをもとに日本政府に謝罪を求めているという問題です。これは歴史認識ではなく事実の問題ですから、事実の確認を行うべきで謝罪するしないはその後のことです。

 事実の問題はいずれ事実が判明するはずで、嘘をつく人間がいなくなればハッキリすることです。しかし、歴史認識は時間が経っても、何が正しくて何が間違いかハッキリするということではありません。豊臣秀吉の朝鮮出兵について、あれを現在使っている意味での侵略というのかどうか、あるいは日本が朝鮮との戦いで負けたと見ることなのか、いや朝鮮との戦争ではなく明との戦いなのか、今でもいろいろな見方ができると思います。学問上の論争はあっても、政府やましてや国民感情のレベルで論争しても仕方のないことです。太平洋戦争について、これから100年経っても日本の自衛のための戦争なのか、侵略戦争なのか、どちらとも言えるのではないでしょうか。

 むしろ、ひとつの事実に対していろいろな見方ができるということは、それだけ考え方の多様性を示すことであり、日本国内においていろいろな見方・考え方が存在することは、それだけわれわれの社会が多様性に富んだ、柔軟な社会であることを意味するといえます。

 歴史認識にこだわって、あれこれ言い争うことは、一つの宗教しか認めない硬直化した社会と何ら変わることがないだけで、決して褒められたことではないと思います。よく中国や韓国が、「誤った歴史認識」などといいますが、歴史認識に正しいとか正しくないとかいうこと持ち出すこと自体が間違いなのではないかと思います。

 原爆で亡くなられた方を追悼する気持ち、さらにその被害でいまだに苦しんでおられる方にお見舞い申し上げる気持ちは持ち続けたいと思います。それでも、われわれと違った考えをする人々がいることも認めたうえで、様々な見方、考え方を理解したいと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.10

飲む作法

 最近、飲むとどうも記憶がなくなります。若い頃はどんなに酔っても記憶だけはありました。酔った勢いでいろいろ言ったことまで覚えているので、後から恥ずかしくなることもあったのですが、最近は酔って言ったことなどほとんど覚えていません。言ったことだけならともかく、ある時点から記憶自体がないのですから困ったものです。

 先日も友人と新宿で飲んだのですが、いつ頃居酒屋を切り上げてどう帰ったのかよくわかりません。それでも翌朝は家でちゃんと寝ていましたから、新宿から家まで帰ってきたことは間違いありません。財布を見るとタクシーの領収書がありましたので、タクシーで帰ってきたようですが、金額を見ると新宿から乗ったにしては安い。きっとどこかまでは電車に乗って、寝過ごしたか何かで終電になって乗換えができなくなり、途中からタクシーに乗ったのではないかと推測されます。

 そんなことを推理をしていると、なんとなく断片的に記憶が蘇ってくるところがあります。思い切って友人に自分はどうやって帰ったかと聞くと、確かにかなり酔ってはいたようだけど、ちゃんとした足取りで電車に乗って行ったよと言われます。そんな記憶はないのですが・・・

 記憶はなくても酔って暴れたり叫んだりするような癖はないようなので、ひとまず自分のことを信用はしているのですが、何か犯罪にでも巻き込まれたら、いつの間にか殺されているか、あるいは犯人に仕立て上げられるかもしれません。ただ幸いなことに、酒に酔っても、話す口調と目には出るといわれますが、顔に出ることはほとんどあまりありません。ですから電車に乗っても、時間が時間ですから素面ではないことくらいはわかっても、まさか記憶がなくなるほど飲んでいるとは、傍から見ていてわからないようです。考えてみれば、酒でいろいろ失敗はありますが、財布を取られたりしたことはまだありません。

 そんな目に遭わないうちに、飲み方を変えないとそろそろまずいかなと思う厄年です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.06

セミの抜け殻

 暑い季節となりました。夏は暑いものとはいえ温暖化などといわれると、やはり年々暑さや不快感が増しているように思えます。ただ最近は歳のせいか、クーラーもなるべくなら使いたくないと思うようになり、窓を開けてわずかでも涼風を求めることが多くなりました。

 風鈴でもあればさらにいいのかもしれません。今度出掛けた折にでも探してみようかと思っています。とはいえ、いまはまだいいのですが、もう少しすると夏をさらに暑くするセミも鳴き出します。風鈴で耳から涼しさを感じても、セミが暑さを思い出させてくれます。

0701184 まだ冬の寒い頃、街路樹の葉の裏に、セミの抜け殻を見つけたことがありました。1月だったと思いますが、よくこの時期まで残っていたものだと感心して眺めた記憶があります。

子供の頃はセミの抜け殻を見つけると、まず潰してグシャッとなるあの感触を味わったものですが、もういい歳になって、しかも冬まで残っていたことを思うと、その時は潰そうなどと思いもしませんでした。ただ、ただ、感心しました。恐らくは夏の午後にジージーかミンミンと鳴く、うるさくて暑苦しいはずのセミですが、その時は喉元過ぎていたせいか、愛おしささえ感じたような気もします。

 再びセミの季節が近づいています。またあの鳴き声が聞こえてくると、暑苦しさにイライラするかもしれませんが、そのセミに対して違った感情を持ったことを、本格的な夏を前にもう一度思い出しておこうと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.07.03

芸術家たち

画家が描いた絵を焼いていた。失敗作だから焼いてしまうのだという。

陶芸家が出来上がった器を壊していた。駄作だから割ってしまうのだという。

作曲家が泣いていた。書き上げた曲が気に入らず楽譜を破いたのに、みんなはその曲をいまだに歌っている。あんな駄作の作者となることに耐えられない、と。

詩人が来て歌った。

形がなくても残るもの 誰かの心に残るもの
我らが創る芸術は 作者を離れて磨かれて 
誰かの心に残るもの

画家は再び描き始めた。誰かの心に残る、あの焼いてしまった絵を越えるために。

陶芸家は再びろくろを回した。誰かの心に残る、あの割ってしまった器を越えるために。

作曲家はみんなの心に残るあの曲よりも、もっともっといい曲を届けようと、再び作曲に取り掛かった。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

« June 2007 | Main | August 2007 »