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2007.07.10

飲む作法

 最近、飲むとどうも記憶がなくなります。若い頃はどんなに酔っても記憶だけはありました。酔った勢いでいろいろ言ったことまで覚えているので、後から恥ずかしくなることもあったのですが、最近は酔って言ったことなどほとんど覚えていません。言ったことだけならともかく、ある時点から記憶自体がないのですから困ったものです。

 先日も友人と新宿で飲んだのですが、いつ頃居酒屋を切り上げてどう帰ったのかよくわかりません。それでも翌朝は家でちゃんと寝ていましたから、新宿から家まで帰ってきたことは間違いありません。財布を見るとタクシーの領収書がありましたので、タクシーで帰ってきたようですが、金額を見ると新宿から乗ったにしては安い。きっとどこかまでは電車に乗って、寝過ごしたか何かで終電になって乗換えができなくなり、途中からタクシーに乗ったのではないかと推測されます。

 そんなことを推理をしていると、なんとなく断片的に記憶が蘇ってくるところがあります。思い切って友人に自分はどうやって帰ったかと聞くと、確かにかなり酔ってはいたようだけど、ちゃんとした足取りで電車に乗って行ったよと言われます。そんな記憶はないのですが・・・

 記憶はなくても酔って暴れたり叫んだりするような癖はないようなので、ひとまず自分のことを信用はしているのですが、何か犯罪にでも巻き込まれたら、いつの間にか殺されているか、あるいは犯人に仕立て上げられるかもしれません。ただ幸いなことに、酒に酔っても、話す口調と目には出るといわれますが、顔に出ることはほとんどあまりありません。ですから電車に乗っても、時間が時間ですから素面ではないことくらいはわかっても、まさか記憶がなくなるほど飲んでいるとは、傍から見ていてわからないようです。考えてみれば、酒でいろいろ失敗はありますが、財布を取られたりしたことはまだありません。

 そんな目に遭わないうちに、飲み方を変えないとそろそろまずいかなと思う厄年です。

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