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2007.11.27

プロ意識の欠如

 千秋楽に琴光喜に不甲斐ない負けを喫した横綱白鵬のコメントが、「朝、千代大海関が休場するとわかって、その辺が出たと思う。」というものでした。まったく正直なコメントではあるのですが、ちょっとプロ意識に欠けているのではないかと思います。白鵬優位ではありましたが、千秋楽に優勝力士が決まるところを見に来た大相撲ファンは、取り組み前に優勝力士が決まってしまい、それならせめて優勝した横綱の勇姿を見ようとしたら何のことはありません。ただの消化相撲を見せられただけだったとは。

 本来であれば、まずは横綱としてだらしない相撲をとったことをファンに謝罪するか、あるいは琴光喜には悪いのですが、横綱自身はあの相撲に納得がいかないというようなコメントが欲しかったと思います。翌日の会見でも、優勝したことについて「うれしい気持ちでいっぱいです」というのもいいですが、あんな千秋楽の取り組みや12勝3敗という低レベルでの優勝を、少しは恥じ入る気持ちがあって然るべきではないかと思いました。

 プロ意識の欠如といえば、千代大海とその師匠の九重親方(元横綱千代の富士)についてもどうかと思っています。千代大海にケガをしても出ろというつもりはありませんが、あと少しで優勝もできるかもしれないというところまできて、休場せざるをえないケガをするということは、結果として鍛え方が足りなかったと考えるのがプロの力士なのではないかと思います。どれほど優勝争いをしようと、いや優勝に近づけば近づくほど、鍛え方が足りないという稽古不足を本場所で露呈することは重い罪です。好取組を期待しているファンへの裏切りです。

 プロならそのことを詫びるコメントがあっていい。九重親方にしても、これは私が見た新聞の報道の範囲内ではありますが、ファンへのコメントが見当たりませんでした。「残念だが右腕が動かない状態。相撲を取れないのだから出ることはできない。」残念なのは休場によって自ら優勝の可能性をフイにする弟子の千代大海が残念なのであって、九州出身の大関同士の取り組み、しかも優勝にも絡む対魁皇戦を見られないファンの残念な気持ちへの気遣いが感じられません。

 来場所は朝青龍が戻ってきます。東西そろった横綱の、雲竜型と不知火型の土俵入りを楽しみにしていますが、(プロ意識という)品位に欠けるのはようやく戻ってきた横綱だけではないようです。

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